『スタンドアップ』90点(100点満点中)

観るべき価値のある、本物の映画

今になってみると、この「スタンドアップ」が果たして社会派映画として本当に優れていたのかどうか、その点についてだけはどうも自信がない。なにか、うまく騙されたような、そんな気もするのである。しかし映画作品としては、よい脚本家、よい監督、よい俳優がパワーを出し切った、紛れもない傑作である事だけは確かだ。

舞台は80年代終わりのアメリカ。ミネソタの鉱山に、炭鉱夫として就職したヒロインの苦難を描いた物語。

長年、男の職場として存在してきた鉱山に、男女平等と法律の名のもと、女性が入り始めてきた時代。秩序を乱された職場の男たちの態度は、当然冷たい。早速、猛烈ないじめが始まる。いや、いじめやセクハラもどきを通り過ぎて、ほとんど犯罪である。それほど強烈な虐待、差別に、彼女をはじめとするわずか数名の女性労働者はさらされる。

しかもシャーリーズ・セロン演じるヒロインは、誰の子かもわからぬ息子を抱えたシングルマザー。保守的な田舎町の住民から、白い目で見られ、父親からも疎まれる存在だ。まさに文字通り四面楚歌。しかし、そんな過酷な社会環境だからこそ、子供たちを守るためにも決してあきらめるわけには行かず、彼女は立ち上がる。そんな、一人の女性の戦いを感動的に描いた社会派ドラマだ。なんでも、ヒロインには実在のモデルがいる、すなわち実話物語なんだそうだ。

あまりに過激すぎて、いくらなんでもすべてが実際にあったことではないと思うが、それでもヒロインに感情移入して観ている間は、まったくそう感じない。よく考えてみればこの映画、いじめられた人間が一致団結して立ち上がるという、女囚ものとまったく同じ構成なのであるが、そういうくだらなさ、安っぽさももちろん感じない。

それはつまり、このニキ・カーロという女性監督が超一流の腕を持っているからに他ならない。一歩間違えたらこんな話、ばかばかしくて見ていられないはずだ。その点、脚本もじつに優れており、荒唐無稽気味な鉱山でのエピソードで観客の怒りを煽っておきながら、職場以外でのエピソード(息子の出生の話や友人の闘病の話、ヒロインの過去など)でリアリティを補足してバランスととっている。ここんところ大忙しで、この日も2時間睡眠で試写に出かけた私でさえ、一睡もせず観ることができたくらい退屈とは無縁の、エキサイティングなストーリーになっている。

泣かせどころの演出でも、決して過剰にしないところが余計に感動を盛り上げる。この監督は前作「クジラの島の少女」の時も思ったのだが、こうした重要な見せ場に限らず、静かな風景場面でさえ、じつにパワフルに撮る。本作でも、鉱山の空撮場面など、まさに圧巻。ただの風景映像なのに、たいした迫力なのである。

シャーリーズ・セロンについても触れておこう。アカデミー主演女優賞をとった「モンスター」(2003)の、哀しい殺人鬼役の凄まじい演技と役作りが記憶に新しいが、本作は元通りほっそりした美人に戻り、別の顔を見せている。

なにかふしぎな医学的技術を使ったか、顔つきが以前より穏やかで、人懐っこい感じになっていて、とてもかわいらしい。これは大成功といえよう。金髪碧眼長身と、好みの3要素がそろっているから誉めるわけではないが、彼女はとても良い女優になった。大変な過去を送ってきた人だから、きっと、内に秘めた熱い思いがあるのだろう。外見は伝統的な、ハリウッド美人女優そのものなのに、こういう社会派ドラマがよく似合う。こういう女優はあまりいない。100点。

『スタンドアップ』は、話だけみれば、左翼フェミニズム映画そのものだ。だが、確かにそういう側面もあるが、決して偏っていたり、いやな感じはしない。監督が語る、「女の問題ではなく人間の問題として作った」という言葉に納得である。男にとっても女にとっても、まさに観るべき価値のある映画であり、本物の映画だ。

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シャーリーズ・セロンがこれまでのイメージを覆す強烈な汚れ役を演じ、見事オスカーを受賞した傑作。これは本当にいい映画でした。まだ観ていない人が羨ましい。


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