『イントゥ・ザ・サン』65点(100点満点中)

世界中で、日本人が一番楽しめる映画

スティーヴン・セガールというアクションスターがいる。ちょいとB級くささの漂う、能天気なお気楽映画にばかり、徹底して主演し続けている愛すべき男だ。大ヒット作はあまり無いが、出る映画はそれなりのセールスを記録するという、いそうでいない、アメリカ映画界における貴重な"安定感のある"人材といえるだろう。

そんなセガール映画の特徴は、"どの映画にもそれなりのストーリーはあるが、少なくとも主演のセガールは、役の演じわけをしている様子がほとんどない"という点だ。彼はいつでもどの映画でも、どことなくオリエンタルなムードを持った無表情な大男で、物静かな性格ながらやるときはやる、というヒーローを演じている。使う武道も合気道をベースにした動きで、なんとなく和風な雰囲気も感じさせるものだ。このキャラクターを愛せる人にとってはどのセガール映画も楽しいし、そうでない人はその逆である。実にわかりやすい。

まあ、実際セガールの娘は日本で女優をやっている(=藤谷文子)し、彼自身、日本に長く滞在したことがあり、大阪弁をしゃべる事もできる。いうなれば、正真正銘親日家のハリウッドスター。テレビCMに出ていたこともあるから、日本人なら誰もがなんとなく親近感をもっている。

そしてそのセガールが、ついにわが日本を舞台に、いつものセガール映画を作ってくれた。それがこの『イントゥ・ザ・サン』である。これはもう、期待しないわけにはいかないだろう。

舞台は現代の東京。不法滞在外国人の一掃を唱える強硬派の都知事が、何者かに暗殺された。テロとの関連を疑うFBIは、日本語ができ、ヤクザ社会にも精通しているCIAエージェント(S・セガール)に捜査を依頼する。

大沢たかお、寺尾聰、伊武雅刀といった、日本の俳優も大事な脇役として多数出演する、セガール映画 in JAPAN。日本人にとっては見所たっぷりだ。(期待の栗山千明は、出演シーンがあまりに少なく残念であった)

日本の警察がろくな動きをしていないのに、なぜFBIが血眼になって捜査しているのかがよくわからないが、そういうストーリー面についてのツッコミは無用だ。むしろ、細部はいいかげんなほど良い。どうせ、彼が最後に何もかもふっ飛ばして終わるのだ。それがセガール映画というものだ。

主人公は日本通という設定だが、どうみてもそう思えない点もいい。日本語がヒジョーに怪しく、日本の役者の演技とまったくかみあっていない。そんなとき、日本人の役者の顔に、そこはかとなく気まずい表情が垣間見える。この映画の重要な笑いどころだ。

背景美術も相当いいかげんで、中国とかなり混ざっている。スタッフの認識不足がうかがえて笑える。かつてアメリカ映画で頻出した、"いいかげんな日本描写"を存分に見ることができる。

なにしろ、築地市場の中にヤクザの事務所(出張所?)があって、そこに人相の悪い男たちがたむろし、指つめだの拳銃の手入れだのをしているのである。どうみても、どこかズレている。……が、なぜか日本に対するスタッフ、キャストの愛着のようなものを感じられる。決して悪い気はしない。

それは恐らく、新宿歌舞伎町の町並みや任侠の世界といった、普通の米国映画ではあまり扱わない日本の一面を、かなりの密度でつめこんで、一所懸命紹介しようとしているからではないかと思う。その必死さが伝わってくるのである。

ほかにも、築地から新宿までワンカット、つまり一瞬で移動したりなど、東京を知るものからすれば、思わず噴き出してしまいそうな場面もある(通常、電車でも30分以上かかる)。こうした、"ちょっとヘンな日本"を見たい人には最適の映画だ。

前半、コツコツと地道な捜査をすすめ、観客に「似合わないことしてるな〜」と思わせておいて、最後は結局皆殺しという、じゃあ一体あの捜査は何だったんだと思わせる展開も心憎い。合気のキレも健在で、アクションも見ごたえたっぷりだ。日本刀だって使う。それもかなり豪快に。どう見ても東京っぽくない、野暮ったさ全開のヒロイン(もちろん日本人)との、とってつけようなロマンスも素晴らしい。なげやりなセガールの日本語セリフに笑いが止まらない。

ここまで楽しませてくれると、私としては、「ぜひまた日本に来てね」と、心から伝えたい、そんな気分だ。これはセガールが日本人にプレゼントしてくれた素敵な映画だ。日本にすむ映画批評家の一人として、やはりここは祝儀代わりに20点ほど上乗せしておきたいと思う。それを言ったら何の意味も無かったりするわけだが。



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