『変身』1点(100点満点中)

全部作り直す以外に道はない

以前、あまりミステリを読んだことのない女友達(30代 美人)に、「何かいい本はない?」と聞かれたとき、私は一冊のミステリ小説を彼女に紹介した。

その本は、最初の1ページから抜群に面白い、いわゆる「猛烈な面白さの引力に引き込まれる」タイプの小説で、その作家の代表作のひとつとされる、紛れもない傑作だった。そして、その作品最大の特長は、冗談抜きで「最後の1行で涙があふれる」感動の恋愛物語であるという事だった。

それはもう、世界の中心で何かを叫んで喜んでいるような人が読んだら、あまりのレベルの違いに腰が抜けるであろうと思われる大傑作だ。その彼女もいたく感激したようで、おかげでそのお礼に、私にすばらしい一夜をプレゼントしてくれた。

……わけはなく、「次はもっと面白いのを買って」などという、困難極まりない課題を私に課したのである。美人とは、同時にわがままなものなのだと、よくわかった。

ともあれ、その本というのが、東野圭吾の『変身』、そう、この映画の原作小説である。

主人公はごく平凡な青年(玉木宏)。彼は、病院らしき部屋のベッドで目覚める。医師によれば、難しい脳外科手術により、自分は一命を取り留めたのだという。目覚めたとき、彼は記憶をなくしていたが、懸命な治療により、やがてそれらを思い出していく。絵を描くのが好きだったこと、恋人の葉村恵(蒼井優)との幸せな生活のこと……。順調に回復していく主人公だったが、彼はやがて奇妙な違和感を感じるようになっていく。

まず最初に断っておこう。映画『変身』は世紀の大失敗作である。東野圭吾は多作の作家で、傑作も数多く書いているが、私が思うに、その本命中のド本命はこの原作『変身』である。ファンの中にはこれこそ東野ベスト1という人もいるであろう。ふむふむ、そういう人はセンスがいい。私としてもまったく異論はない。ほかにもいい作品は多々あるが、これが1位でもまったく問題はない。

それが何だ、このひどい映画化ぶりは。大傑作小説がパーだ。とにかく「最初から最後まで全部、一から作り直してほしい」それ以外に言葉がない。

まずヒロインのキャスティング。なぜ蒼井優なのだ。年齢もイメージもまったく違う。日本の全女優の中で、この人ほどイメージの違う女優もあまりいない。

だいたいヒロインの葉村恵はそばかす顔であり、決して美人であってはならない。まず、そこが最低限の条件だ。しかし蒼井は、町を歩くだけで誰もが振り向く美少女だ。これではそもそも、お話として成立しない。

しかも本作の彼女は、致命的なまでに演技がおかしい。演出、指導がなってないから、全シーンがヘラヘラ笑っているだけのお嬢様演技になってしまっていて、こちらをいらつかせる。

主演の玉木宏もよくない。いや、演出の方が悪いのか。自分をのっとられる恐怖、不安がまったく表現できていない。何を差し置いても不安! この作品でこれをしっかり描かないでどうするか。これではあのラストが生きてこない。

脚本もひどい。だいたい、前半をポンポン飛ばし過ぎだ。重要なネタが次々と客の前に出され、まったく"ため"がないものだから、ドラマが薄っぺらい。まるで、ただの子供だましSFだ。

この監督はこれがデビュー作だそうだが、なぜこんなに難しい素材を新人にまかせてしまうのか。この監督さんは、そもそも『変身』の魅力がわかっていないのではないか。でなければ、映画の中で京極が描いた絵をほとんど写さないという、その理由がわからない。

読んでない人には何の事だかサッパリだと思うが、これは本当にバカげたことなのだ。逆に、原作を読んだヒトならわかると思うが、その絵の、恵の顔のある一部分をしつこいくらいに強調して伏線としておかなければ、小説版のラスト1行にあたるあの名場面の意味がわからない。これは、誰もが認めるこの作品最大の重要ポイント。これをやらないのは、絶対に許されまい。

ラストといえば、これも蒼井優をキャスティングしたせいで、重大な部分の変更を余儀なくされた。要するに、この女優が脱ぎNGなせいで、原作のもっとも美しい終盤のシークエンスが台無しになってしまったのである。彼女は、ヌードどころかキスシーンすらまともにできない。キャスティングをやったスタッフの責任は果てしなく重い。

その蒼井優の、とってつけたようなエンディングのモノローグを聞きながら、私はもうがっかりして、あきれはてて、仕方がなかった。ああ、またもやすばらしい原作がズタズタか。これは、原作小説を読んだものに対してケンカを売っているようなもの。このようなどうしようもない、駄作中の駄作を生み出してしまった原因を、この際はっきりと分析し、二度とこうした悲劇が起こらないようにする責任が、この映画のスタッフにはあろう。

かような作品だが、ガラス越しに泣く場面など、ごく一部、心に残るシーンもあったので、1点を差し上げよう。こんな作品でも見れば「良かった」という観客は必ずいるわけで、そういう意味では厳しすぎるかもしれないが、正直なところ、個人的な好みだけでつけたらマイナス100点くらいなモンなのだ。これでも必死に理性で抑え、101点分もおまけしているのだ。今回ばかりはどうかご容赦いただきたい。



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