『ティム・バートンのコープスブライド』90点(100点満点中)

オトナが泣ける、優れたファンタジー

現在大ヒット中の「チャーリーとチョコレート工場」の監督・主演コンビによる、ストップモーションアニメの長編。

舞台は19世紀のヨーロッパ。主人公の内気な青年(声:ジョニー・デップ)は、ある成りあがり一家の息子。彼は親同士の都合で、没落貴族の娘(声:エミリー・ワトソン)と結婚することになっていたが、それでも彼女の清楚な美しさを何より愛していた。ところが式の前夜、慣れない「誓いの言葉」を森の中で一人練習していた主人公が、彼女の薬指に見立てた枯れ枝に結婚指輪をはめた瞬間、地中から半分腐りかけた花嫁の亡霊(声:ヘレナ・ボナム=カーター)が現れ、「喜んでお受けいたします」と嬉しそうにつぶやくのだった。

「ティム・バートンのコープスブライド」は、「チャーリーとチョコレート工場」の予想以上の大ヒットにより、その観客動員を受け継ぐという、最高の形でスタートを切る形になった。これは、この映画を高く評価している私としても嬉しいことだ。こういう素晴らしい映画は、なるべく多くの人に見てもらいたい。

この『コープス・ブライド』は、ティム・バートン監督が12年前に撮った『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』以来のストップモーションアニメの新作だ。(と書きましたが、96年に「ジャイアント・ピーチ」がありました。2005/10/21追記)ストップモーションアニメというのは、たとえばこの『コープス・ブライド』の場合、背景美術の前に置いた人形を1コマ撮影し、ほんの少しそれを動かしてまた1コマ撮影し、とやっていき、最後につなげて人形が動いているように見せる手法の事だ。CG等の優れたVFXが発達する前は、実写ファンタジー映画のアクションシーンなどにも使われていた。とにかく労力が要る作業であり、この映画の場合は1〜2秒間のシーンを作るために、12時間もかかったという。そんな事もあって、この映画の上映時間はわずか77分だ。

しかし、その中身はまさに魂のこもった77分間で、すべての場面が輝いている。2時間30分の凡作を見る数倍は見ごたえがある。

特報のころだったか、初期の予告編はかなりダークな印象で、どうも興味が沸かなかったのだが、その先入観は見てみたらまるで違っていた。実際は非常にまっすぐな感動物語だ。まあ、この監督の事だから、随所にブラックな味付けがあるにはあるが。

物語のヒロインは二人いるが、メインは墓から出てきた花嫁のほうだ。そして、このヒロインがまたなんとも魅力たっぷりなのである。出てきて数分で、すっかり虜になるくらい魅力がある。そして、そうなったらしめたもの。感動のラストまで一気にのめりこむことができるだろう。

この監督、つくづく上手いと思うのは、出てくる人物たちにリアリティがあり、みな人間味にあふれているという点だ。人間を描くのが上手いといってもいい。たとえばこの花嫁のキャラクターデザイン、人物造形がいい例だ。彼女の外見をみると、ほっぺたの肉は一部腐って穴があいているし、片腕なんて骨である。しかし、まったく気持ち悪さや嫌悪感など感じない、とてもキュートに見えてくるのだから不思議である。

単なる勘違いでこの「コープスブライド」と(死者の世界で)結婚するハメになってしまった主人公も、誤解を解くことが彼女を傷つけるとわかっているから悩み、葛藤する。ジョニー・デップが、“ちょっと変わり者だが優しい”というキャラクターを演じるのが上手いことは、同じ監督の『シザーハンズ』で証明済みだが、今回の役柄もそれを彷彿とさせる。声だけなのに、しっかりと存在感を感じられる。いい演技だ。

そして、2人目のヒロイン、人間界で彼が結婚するはずだった女の子。こちらもしっかりと肉付けされているところが見事だ。通常この手の話では、大体コチラのヒロインの人間描写はお留守になるのだが、そうなっていない事がこの物語の完成度を高めている。

墓場から出てきた花嫁は、過去にひどい目にあっていて、それが原因で成仏できず、結婚したくてたまらない。そして、(誤解なのだが)自分に求婚してくれた主人公を愛してしまうのだ。彼女はほがらかで、純粋で、素直で情熱的で、おまけに(半分腐っちゃいるけど)スタイルも抜群だから、観客は何とかして彼女に幸せになってもらいたい。しかし、もう一人のヒロインもこの上なく素敵な女性だから、主人公とくっついてほしい。誰もが3人の幸せを願いつつある中、物語はせつなく、そして号泣の結末を迎えるのだ。

ラストシーンの美しさは、言葉では語り尽くせぬほどで、ああティムバートンは久々に素晴らしいファンタジーの傑作を作り上げたなと感じたものだ。同時期に撮影された『チャーリーとチョコレート工場』もなかなかだが、それをはるかに凌駕する完成度と感動がこの映画にはある。

確かにストーリーは童話的で単純なものではあるが、そこで描かれるテーマは奥深い。つまり、この監督がデビュー初期から追いつづけている、異形のもの(この映画の場合はすでに死んでる花嫁と死者の世界の住人たち)やはぐれ者たちへの深い愛情というやつだ。そして、そのテーマを本作は、いつにもましてまっすぐに描いている。

異形だからこそ際立つ美しい心、ピュアな心だけが持つすがすがしさ。そうしたものを疑問なく称えるその愚直さがいい。

アニメーションとしても、アクションの動きのなめらかさなど、実に良くできている。人形なのに、素晴らしい演技をしてくれる。人形が流す涙に感動してこちらも涙がでる、そんな感じだ。

唯一の問題点は、ミュージカルとしては曲がいまいちぱっとせず、中途半端な印象になっている点か。

しかしながら、全体的に見ればすごいものを見せてもらったなという感想だ。映像はまさに芸術品で、物語はあまりにも感動的なおとぎ話。ティム・バートンらしさが存分に発揮され、ファンも大満足だろう。ちなみにちゃんと犬も出る。女性はもちろん、男性がみても、大きな満足を得られる傑作が登場したと言って間違いはない。



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