『8月のクリスマス』20点(100点満点中)

こういう安直企画が日本映画界をだめにする

ただ今公開中のヨン様映画『四月の雪』のホ・ジノ監督のデビュー作『八月のクリスマス』を、山崎まさよし主演の日本映画としてリメイクしたもの。

父から受け継いだ小さい写真館を経営する青年(山崎まさよし)は、余命わずかな病である事を隠したまま、静かに日々の仕事を続けている。そんなある日、写真館に現れやがて常連になった小学校教師(関めぐみ)と彼は、思いを打ち明けられるまま惹かれ合っていく。

私は、こういうリメイク企画は評価しない。無論、リメイク自体がいけないわけではない。例えば同週公開の『がんばれ!ベアーズ』のリメイク版のケースは、オリジナルが70年代の作品と古く、最新の映像技術とスタッフ、キャストによって作り直し、作品の魅力を新たな世代に伝えるという意義がある。新作によって彼ら若い観客が、オリジナルの価値を再確認することもできる。誰もが旧作を気軽に見られる時代とはいえ、多数の作品の中に名作が埋もれてしまう危険は常にある。だからこういうリメイクは、大いにやる価値があると思っている。

しかしこの『8月のクリスマス』はいったいなんだ。オリジナルの『八月のクリスマス』は99年公開と比較的新しく、まったく色あせてはいない。あれは、確かに韓国映画としては傑作の部類に入るとは思うが、あえて邦画界がこんなに早い時期にリメイクする必要があるほどのモノとは私には思えない。昨今の韓流人気をあてこんだ安直企画の匂いがプンプンする。これを企画した人たちには、映画人としての誇りというものがないのか。あえて問いたい。

ここまで私が厳しく言うのも、このリメイク版『8月のクリスマス』が、韓国版に比べてあらゆる点で劣化コピーに過ぎない程度のものだからだ。ちなみに全体的なストーリーの流れは、ヒロインの職業が婦人警官から小学校教師に設定変更されている点以外は、ほぼ原版に忠実に作られている。

だが、オリジナルをご覧になった方ならわかるとおり、この作品はストーリー自体はさほど重要な要素ではない。それよりは、淡々とした流れの中で"死"という重いテーマを描いたその手法や、セリフ以外の役者の抑えた演技と映像表現によって、深い愛情を表現した演出が優れている作品なのだ。ガラス越しにヒロインを見つめるハン・ソッキュの「手」の演技は、掛け値なしにすばらしいものだった。

ただ、そうした韓国版の「長所」は、ひとえにホ・ジノ監督や主演した役者の、卓越した個人の才能によるところが大きいから、もとよりこの安直リメイク版で再現できるはずがない。となると、あとには大して面白くもないストーリーしか残らない。これではまるで、ウジウジした安手のプラトニックメロドラマである。

こういうものを作ってしまうと、たとえばオリジナルを知らない人が見てがっかりした場合、二度とあの優れた韓国版を見たいとは思わないだろう。つまり「あのつまんない日本映画の原版なんて、見る気もしないよ」となって、名作に触れる機会を失ってしまうというわけだ。

また、オリジナルを気に入って見にいった場合などは、その出来映えのあまりの差に、さらなる落胆を味わうことになる。結局、観客はだれも得をしないし、オリジナルの存在が浮かび上がることもない。だから、私は評価しないといっているのだ。

こういう映画が万が一にもヒットなどしてしまうと、次々とこうした安直企画の作品が世に出るようになり、邦画のレベルがどんどん下がる。やがてオリジナル企画に挑戦するリスクを映画会社が避けるようになれば、無名の優れたクリエイターたちの活躍の場もどんどん狭まるという悪循環だ。製作陣には猛省を促したい。



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