『姑獲鳥の夏』10点(100点満点中)

京極小説を映像化するのは難しい

直木賞作家・京極夏彦のデビュー小説の映画化。いわゆる京極堂シリーズの第1作にあたる。

昭和27年の東京。作家の関口(永瀬正敏)は、「ある産婦人科の院長の娘が、妊娠20ヶ月にもなるのに出産の気配がない」という町のうわさを取材することになった。そこで彼は、ほぼ唯一の友人でありこの手の超常現象にも詳しい古書店主、京極堂こと中禅寺秋彦(堤真一)に相談を持ち掛ける。

京極夏彦といえば、枕になるほど分厚いミステリ小説を書く人気作家。なかでも京極堂シリーズは、作者の博学ぶりを生かした薀蓄があふれた独特の怪奇ムード漂う世界観が、一部のファンに大人気だ。個性が強いから、肌に合う合わないがはっきりしていて、私はアレを映画化するのは難しいと常々思っていた。中でもデビュー作の『姑獲鳥の夏』(うぶめのなつ)はその特徴が顕著であり、映画化したら間違いなくチープなダメ作になるであろうと危惧していた。

そして今回の映画化だが、その予想通りの一品であった。誤解を恐れずにいってしまえば、原作『姑獲鳥の夏』はミステリとしてのトリック、ストーリー展開はイマイチであり、それよりも圧倒的な奥行きを感じさせる世界観、強烈なキャラクターの魅力をシリーズ1作目として解説した部分が最大の魅力だ。オチはイマイチインパクトにかけるものの、そのロジカルな謎解き過程にうっとりしたファンも多い。いってみれば相当マニアックな一冊だ。

映画版は、その魅力を十分理解して映像化したとはいいがたく、古臭い背景音楽や効果音、セット丸出しの背景美術で、むしろ世界観の奥行きを縮めるような欠点が目立つ。原色スポットの多用も安っぽさを感じさせる。これがこの監督の味といわれてしまえばそれまでだが、だとしたら人選に難がある。

それに加えて、冒頭に提示される物語上の謎に観客を引き込む力がなく(これは原作も同じ)、長々とした上映時間が退屈に感じられる。

関口のキャラクターは読者の感情移入の対象だから、もっと魅力的に描いてほしかったが、ただのイカレタ変な人になってしまっており、これもいけない。ただし、京極堂と妹についてはなかなか良かった。原作のイメージをそこそこ再現してくれている。

久遠寺家の母親は重要なキャラクターだが、ここにも問題が。演出に慎重さがなく、彼女の狂乱ぶりがギャグになってしまっている。ほかにもこうした芝居じみた場面が多々目立ち、かなりしらける。やはりあの原作独特の台詞回しを、役者にそのまましゃべらせてはいけないと痛感した。

私がこの映画を見てよく理解できたのは、いかにあの分厚い原作本が右脳を動因していたかという点だ。実際に誰かが再現したものを目で見て、これほどアホらしいと思った映画は少ない。やはりあれは、読者の想像力にまかせておくべき小説だった。



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