『キングダム・オブ・ヘブン』70点(100点満点中)

戦争の本質をよく描けている

『エイリアン』『ブレードランナー』から『グラディエイター』まで、ムードある映像表現の評価が高いリドリー・スコット監督が、オーランド・ブルームを主演にして作った歴史大作。エルサレムを巡る十字軍とイスラム帝国の戦争を描いた人間ドラマだ。ちなみにオーランド・ブルームとは、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズに出てくる旅の仲間のなかで、弓矢で戦うハンサムなエルフ役を演じて人気爆発した役者だ。

舞台は12世紀のフランス。妻子を失い悲観にくれる主人公の若き鍛冶屋(O・ブルーム)の前に、十字軍の騎士が現れる。騎士は自分をかつて生き別れた父親だと名乗り、主人公をエルサレムへの行軍へ連れて行く。いくつかの修羅場をくぐりぬけ、やがて主人公も一人前の騎士へと成長していく。

この時代のエルサレムは、ハンセン氏病に犯されたキリスト教側のエルサレム王と、イスラム帝国(サラセン帝国)側の指導者サラディンとの、危うい均衡のもとにつかの間の休戦状態を維持していた。

この映画で描かれるエルサレム王とサラディンは、どちらも非常に優れた戦略家かつ政治家だ。彼らのおかげでイスラム側とキリスト教側は戦争を回避できていたのだが、やがて残念なことに、史実通り両者は総力戦へと突き進むことになる。

映画を見ていると、この戦いは決して不可避なものではなく、いくつかのポイントにおいて避けられたかもしれないという事がわかる。しかし、主人公(=善人そのもの)によるある選択と、数名の狂信者(王の権力を引き継いだ実力者でもある)によって、結局悲惨な戦いが巻き起こってしまう。

これはどういうことかというと、つまりこの映画は「戦争は狂信者によっても起こるが、ときに善人の心やさしい選択によっても起こりうる」と言っているのだ。「平和を維持するためには、為政者は理想的平和主義者であってはならず、時に手を汚す事も必要である」という主張はじつにまっとうなものであり、強く共感できる。

そして、戦争(数々の特殊効果とデジタル音響によるド迫力の大スペクタクルは近年ハリウッド映画の最も得意とするところ)が始まる後半に、オーランド演じる主人公が体現するのは、「いざ戦争となったら命をかけて最後まで戦わなければ国が滅ぶ」という、世界史の常識である。たとえ負けるとしても、そうでなければ講和を勝ち取ることはできない。この点も同じくしごくまっとうな主張だ。

こうした保守的な主張こそこの映画の美点であり、見所だ。こういう戦争映画こそ、日本人の平和反戦主義者にぜひ見て欲しいと思う。戦争というものの本質をとてもよく描けている。

映画としては、最近ヒットした歴史大作の『トロイ』などと違い英雄譚ではないから、娯楽性は薄い。ハンサムなオーランド主演ということで、とってつけたようなラブシーンもあるが、いたって女の存在感が薄い映画だ。同じ理由で主人公がめったやたらに有能に描かれすぎているきらいはあるが、これもまあファンサービスの一環のようなものと理解すれば腹は立たない。

現在まで続く中東地域の紛争の大きな原因のひとつでもあるエルサレム問題。これをわかりやすく理解したい人や、まっとうな歴史戦争映画を見たい人には、『キングダム・オブ・ヘブン』はなかなか見所がある映画だ。しかし、オーランド目当ての人や単なる派手映画好きの方には向いていない。その辺を考慮に入れて、お出かけのほどを。



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