『隣人13号』75点(100点満点中)

映画を知らぬ監督が作ったとは思えない

いじめられた恨みを晴らそうとする二重人格の少年を描いた井上三太の同名コミックを実写映画化したもの。主人公役は小栗旬(おとなしい本来の人格=村崎十三)と中村獅童(強暴な別人格=13号)が二人一役で演じている。

主人公の若者、村崎十三(小栗旬)は、10年前の小学生時代、自分をいじめていた男(新井浩文)のアパートを探し当て、復讐のため越してきた。さらに男と同じ職場にバイトとして入社するも、彼は十三の顔すら覚えていなかった。不良時代と変わらず横暴かつ乱暴な男は、今では妻と小さな子供の3人で幸せに暮らしていたが、十三は手始めにその妻に接近していく。

原作漫画はかつて何人かの監督から映画化のオファーがきたというが、原作者はあえて映画経験のないCMディレクターの井上靖雄監督を選んだ。アメコミのごとくアクの強い自分の絵柄を違和感なく実写化できるのは、井上監督の映像センスしかないと思ったそうである。

その井上監督は、普段から映画はあまり見ないそうだ。じゃあ他のCM出身監督のように、VFXなどの映像技術やカメラワークなど、得意分野である絵作りのセンスに頼った映画作りをやるのかと思っていたら、意外にも登場人物を一人一人丁寧に描写してドラマを展開するベーシックなつくりであった。

なんといってもストーリーテリングがうまく、観客をまったく退屈させない。その上アクションその他、重要な見せ場では独特のセンスを生かした個性的な映像を見せるという、とても初監督とは思えない手馴れた雰囲気だ。残酷シーンも多数ながら、スタイリッシュに感じさせる監督の個性は、日本映画としては相当異色な部類であり、非常に新鮮だ。

演じる役者陣もいい。どの役者もそれぞれの役柄にピタリとはまっている上に、目を覆うようなミスはひとつもない。とくに中村獅童は、弱気の主人公を守る強暴で情け容赦ない暴力的人格・13号役の怪演ぶりがよく似合っている。

また、いじめっ子の妻役の吉村由美など、パフィーとしてアメリカで人気沸騰中だというのに、新井浩文とフェラシーンまで演じているんだから驚く(露出はないが)。小栗旬と中村獅童にはオールヌードのシーンなんかもあるから、そういうのがお好みの女性(や男性)にとってはちょっぴり嬉しいであろう。

ラストは観客による解釈の余地を大きく残したもので、レディメイドのきっぱりとした結末がお好みの方だと少し不満が残るだろう。とはいえ、それだけで『隣人13号』を敬遠するのはもったいない。

原作ファンにとっても、これはきっと満足のいく映画化のはずだ。登場人物をカットするなどの小変更が行われているが、違和感はほとんどなく、むしろ映画のほうが面白いとさえ感じさせる。まれに見る実写映画化の成功例といえるだろう。

映画作りを知らない監督が、今年の日本映画を代表するとさえいえそうなパワーある作品を作り上げたのはなんとも皮肉だが、いち観客としては素直にこの傑作サイコホラーを楽しませてもらうとしよう。



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