『コラテラル』85点(100点満点中)

トム・クルーズ主演映画としてはパーフェクト

人気スターのトム・クルーズが悪役を演じる犯罪アクション&サスペンス。

ロスで働くタクシードライバー(ジェイミー・フォックス)は、将来メルセデスを購入し、リムジン会社を設立するのが長年の夢。そんなある晩、一人の紳士(T・クルーズ)を乗せると、彼は破格の値段で一晩タクシーを借り切ると言う。

実はこの、トム・クルーズ演じる金持ち風の男は殺し屋で、一晩に5人を殺すという大忙しの仕事のパートナーとして、話の合うこの黒人運転手を見込んだのだ。やがて男の正体を知ったドライバーはどういう行動をとるのか? はたしてこの有能な殺し屋は仕事をまっとうできるのか。物語は予測できない方向へと転がって行く。(ちなみに後半のストーリーについて、プレス関係者には緘口令がしかれている)

早く先が知りたくて仕方がないほどストーリーは面白いし、セリフのセンスはいいし、アクションシーンは見事な出来だし、キャラクターはよく2時間でここまでやったと思うほど深く描かれているしで、この手の娯楽映画としてのマイナス要素はほとんど見当たらない。ハリウッド最高のスターを主演に据えて作ったエンターテイメント大作に対し、観客が期待するものすべてが揃っている。とくにトム・クルーズのファンにとっては、これはもうパーフェクトというほかない。

そのトム・クルーズだが、今回も凄い役作りで挑んできた。銀髪に高級スーツといった外見はともかく、光るのは拳銃によるアクションシーン。今回、わざわざイギリス空軍の特殊部隊にレクチャーしてもらったという銃の扱い方は、彼にとって間違いなく過去最高。とくにマガジンをリロードする際の流麗な動きには同じ男ながらウットリした。あんなにセクシーな交換の仕方をする人を、私はかつて見たことがない。

この映画でのトム・クルーズは驚くほどに身が軽く、かつ力強い動きをする。好みとしては徹底的にマッチョ志向の私でさえ、細く、しなやかで、そして強い彼の肉体には感動した。誇張なしで、今のトム・クルーズからは本物のアクションスターの風格が漂っている。私は今回「コラテラル」の銃撃戦のアクションをみて、今のハリウッドでもっとも魅力的なアクションスターは彼だと確信した。

劇中で彼が演じる殺し屋は、平気で人を殺す嫌な奴だが、なぜか強い魅力がある。それはこの男が、「最も優先すべきことへ一切の迷いなく最短距離で進む」という、成功者のセオリーを体現している人間だからだ。これに対してタクシードライバーの方は、夢ばかり見ていて結局何も出来ない典型的な負け犬。だが、それでも人間味溢れるいい奴であり、別の種類の魅力がある。

この二人は、それぞれ成功者と敗北者を象徴しているが、この二人が一晩過ごすうちに、お互いから影響を受けて、結果的にその後の人生が大きく変化するというテーマに私は強く惹かれた。神など信じていないかのような殺し屋が、(恐らくそれとは気づかずに)キリスト教的……というより一神教的な理論を運転手に語りきかせるシーンなどはとくに興味深い。とはいえ、決して硬いばかりの映画ではなく、会話の応酬はユーモアに溢れ、ウィットに富んだ笑いもたくさんある。

「コラテラル」でメインとなるのはたった二人のドラマであるが、その面白さは予想以上のものがある。「トム・クルーズ主演映画」という看板を見て劇場に入ってくる人々のために作られたような映画であるから、いわゆるハリウッドエンタテイメント嫌いの人にはすすめないが、それ以外の方はぜひ劇場に出向いてほしいと願っている。



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