『誰も知らない』70点(100点満点中)

リアリティあふれる描写と心に残る子役の演技

主演の柳楽優弥が、2004年カンヌ国際映画祭で、最優秀男優賞を史上最年少で受賞して話題になった作品。親からは半ば捨てられ、社会から孤立して生きる4人兄妹の過酷な運命を、ドキュメントタッチで淡々と描く141分間。監督が、実際に起きた事件から着想を得た後、15年かけて作り上げた渾身の一本だ。

若い母親と4人の子供たちが小さなアパートに引っ越してきた。大家には母子家庭であることを隠し、長男の明(柳楽)以外の子供たちの存在さえ秘密にして契約した。子供たちの父親はすべて違い、学校にすら通ったことがない。つまり社会的に「存在しない」存在だった。部屋の中でも声すらあげられぬ秘密の暮らしが続く中、母は明に「今、好きな人がいるの」と告げる。

末っ子がスーツケースに入れられて新居に搬入されるというショッキングな引越しの場面から物語は始まる。だが、母子は意外なほど仲がよく、相当変わってはいるがそれなりに秩序の取れた生活である。

ところが、無責任な母親が男の元へ出て行くことによって、残された子供たちの生活は徐々に悲惨な道をたどる。電気やガスが止められ、やがては水道までも止められて行く。文明的な生活に必死にとどまろうとする子供たちの姿が痛々しい。余計な音楽や装飾を排したドキュメントタッチの演出が見事な効果を生んでおり、あたかも心にぐさりと刺さるような、残酷でリアルな映画となっている。

それでもたくましく生きて行く子供たちだが、「誰も知らない」すなわち社会的に「存在しない」彼らは、世の中の助けを得ることがほとんど不可能。徐々に消耗していく様子はあまりにもリアル。私が思うに、失業している方などはこの映画を見ないほうがよろしい。試写室ではちょくちょく笑いが出ていたが、はっきりいって笑い事ではない。経験者にすれば、見ているだけで胃が痛くなる描写の連続だ。

カンヌの男優賞を受賞した柳楽優弥については、セリフが棒読み状態になることは多々あれど、ムードと表情がすばらしい。無論海外の賞だから、その辺を評価されての事なのだろうが、やはり彼の存在は『誰も知らない』の出来映えにとって、大変大きなものがあったといえるだろう。

彼以外の子役も特筆すべき演技を見せているので、これらを引き出した是枝裕和監督の力量も誉めてしかるべきだ。また、徐々に荒廃して行くアパートのセットを演出した美術面の上手さも大きなポイントといえる。

その部屋の様子はもちろん、アポロチョコといった小道具も上手く使われている。子供たちの希望が削り取られ、絶望のふちに近づくカウントダウンとしての効果を観客に実感を伴って伝えてくる。

141分という上映時間は、この作品に限ってはあまり長く感じない。ズシーンと心に重い、救いのない話ではあるが、映画館の帰り道、しばらくこの作品について考え込んでしまうような、心に残る一本である。そうした作品に出会ってみたい方にはオススメしておきたい。



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