『丹下左膳 百万両の壺』60点(100点満点中)

はじめて丹下左膳を見る人に向く

1920年代後半から60年代にかけて日本映画界のヒーローとして君臨した隻眼隻腕の凄腕剣士、丹下左膳の活躍を描いた時代劇。歴代の丹下左膳を演じた役者リストに今回新たに名を連ねるのは豊川悦司。その他の出演者には和久井映見、野村宏伸など。

命を救ってくれた女性、お藤(和久井映見)の営む矢場(弓矢遊びのできる夜の遊び場)の用心棒として暮らす主人公の丹下左膳(豊川悦司)は、ひょんな事から孤児の少年を預かることに。ところが、少年が持っていた“こけ猿の壺”には実は莫大な価値があり、彼らはやがて大騒動に巻き込まれて行く。

『丹下左膳 百万両の壺』は、1935年の『丹下左膳餘話 百萬両の壷』のリメイクである。オリジナルは、数ある丹下左膳シリーズの中では異色作として知られ、あまりにイメージの違う左膳をみて、原作者がクレジットから自分の名を外すよう要請したという逸話がある。

歴代の作品とどうイメージと違うのかといえば、端的に言えばこの作品はスクリューボールコメディ(おかしな男女カップルによるお笑い映画)なのである。アクションはあれどそれは主体ではなく、あくまで江戸の日常を描いた世話物時代劇として楽しむ作品といえる。

よって見所は、こわ持ての丹下左膳が気の強いお藤に尻にしかれているさまや、慣れない子育てに右往左往する姿を見る面白さにある。そんな主人公カップルを演じるトヨエツ&和久井映見は、なかなかの芸達者ぶりを見せてくれる。

豊川悦司は、威勢の良い反逆者イメージで丹下左膳を演じきる。コメディ部分で見せる茶目っ気もなかなかキュートだ。赤い襦袢と白い着物の鮮やかな衣装も、彼の長身に見事に似合っている。この映画の衣装、美術面は時代劇としては思い切った色彩センスで作られており、評価したいポイントだ。

傑作の誉れ高いオリジナルを持つだけに、ほぼ忠実にリメイクした本作もそれなりの満足を得ることができる。とはいえそれは、オリジナルに思い入れの無い人、すなわち主に若いユーザー限定だ。キャストや画面を見る限り、口うるさいオジサン向けにこだわり尽くして作られた映画とは思いがたい。よって、シリーズの熱烈なファンよりも、豊川悦司目当てで気楽に見に来る人たちにすすめたい一本である。



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