『ブラウン・バニー』80点(100点満点中)

70分間の退屈は、すべて最後の10分間のための布石だった

ミュージシャンや画家としても名をはせるヴィンセント・ギャロ監督による、一風変わったロード・ムービー。今週は、年間ベストクラスの『フォーン・ブース』という映画が公開されるが、それに匹敵するほどのオススメ作品がもう一本ある。それがこの『ブラウンバニー』だ。

映画が始まると、一人の男が出てくる。どうやらこの主人公はバイクレーサーらしい。男はレース参戦のため、アメリカ大陸を横断するように移動して行くが、カメラはただそれを淡々と追って行くだけである。

セリフもほとんど無く、説明的なシーンもまったく無い。観客には、この主人公にはデイジーなる女がいること、そして、どうやら何かに悩んでいるらしい、ということだけが、彼の表情やわずかなセリフ、そして挿入歌の歌詞(わざわざ字幕を振っていることから、歌詞自体も重要だということがわかるだろう)からわかるのみだ。

「いったいこの男は何に悩み、混乱しているのだろうか?」 たったこれだけの謎で、この映画は全編90分間のうち、80分間近くを引っ張る。その間ははっきりいって、退屈な風景のシーンや、運転者視点のカメラアングル(運転というものは眠くなるものである)のおかげで、睡魔と戦う羽目になるだろう。いかにギャロ監督が、持ち前のアートのセンスで、美しい構図の映像を作ってくれたとはいえ、ものには限度というものがあるのだ。

ところが! 残りの10分間で、観客のすべてにメガトン級の衝撃が襲い掛かるのである。眠かった目は一瞬で開き、「うそだろ? 冗談じゃねえよっ!」 と、一気に思考回路がオーバーヒート、これまでの記憶を巻き戻す作業に取り掛かることになるのだ。やがて彼らは、あの退屈な80分間の真の意味を知ることになるのである。この監督も、とんでもない映画を作ったものである。

また、アカデミー助演女優賞にノミネートされたこともあるクロエ・セヴィニーとの、とんでもなく過激なラブシーンも見所のひとつだ。映画の構成上、このシーンの存在自体、さらにいえば、この過激さ自体すらも、大きなポイントになっているのだが、あえて何も書くまい。

ただいえるのは、このシーンの激しさは相当なものだという事だ。インディーズのAV並みの薄消しにも感動である。これほどの直接的エロ描写がありながら、わずかR-15指定なのだから、いったいどういう基準で判断されているなのか、私にはさっぱりわからない。ただ、映画自体の出来がすばらしいので、若い方にも見て頂けるということは、大変良い事であろう。

わずかに気になる部分があるとすれば、やや必然性の薄いシーンが、結末のビックリの伏線となるためだけに配置されているという点だが、これとて大きな問題ではない。

過激なH描写がある上に、途中は退屈な作品ではあるが、キレのいい映画を見たいという人は、ぜひ行くべきだろう。私としても、自信をもってオススメできる一本である。



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