『ゴジラ-0.0』55点(100点満点中)
GODZILLA MINUS ZERO 2026年日本 135分 2026/11/03公開 東宝
監督:山崎貴 出演:神木隆之介 吉岡秀隆 浜辺美波 長澤まさみ
≪前作の思想を台無しにする中途半端続編≫

北米興行収入で、日本製作の実写映画として歴代最高記録を樹立した『ゴジラ-1.0』。そ の2年後を描く続編である本作は、東宝が本気で「北米市場を制する」心意気で作った話 題作である。
ところがふたを開けると、どうも彼らは前作がなぜシリーズ中、突出した出来だったのか を把握しきれていないようにみえる。
ゴジラとの死闘から2年後の1949年。日本はいまだ戦後復興の途上にあった。元特攻隊員 の敷島浩一(神木隆之介)は、典子(浜辺美波)や明子と穏やかに暮らしていたが、長野 県松本市に飛行怪獣ギドラが出現したことで日常の平穏は破られる。ギドラの脅威に対し、 政府は野田健治(吉岡秀隆)を中心とする対策チームを派遣。気象予報の天才と称される 青山眞琴(長澤まさみ)や、合流した敷島の活躍で再び激しい戦いを繰り広げるが……。
一時はアメリカを舞台にするのではとの予想もあったが、舞台も展開も前作を踏襲する、 オーソドックスな続編である。
ただし本作は日本映画初の『Filmed For IMAX』作品として、IMAX認証カメラで撮影され、 映像と音響も専用に最適化されたもので、そのスペクタクルの迫力は前作を大いに上回る。 ギドラやゴジラが登場する場面は、どれも小さい子が見たら震え上がるほどだろう。
山崎貴監督も、前作が米アカデミー賞視覚効果賞を受賞したこともあってか自信たっぷり の絵作り、音作りだ。文字通り劇場を揺るがす未曽有の体験に、IMAX鑑賞組はきっと驚か されるに違いない。
しかし、である。
アクションシーンには絵作り以上に感情を揺るがすドラマ性が必要だが、本作はその点、 前作よりはるかに劣る。
なぜこれほどのスーパーゴージャスなスペクタクルシーンがさほど盛り上がらないのか。 それは、この続編には作品を貫く骨太な「思想的なコア」がないからだ。
前作には、命を捨てる特攻的な考え方(戦前思想)に対する明確なアンチテーゼ(戦後思 想)がコアとしてあった。
だから主人公の設定は「元特攻隊員」なのであり、特攻を否定する仕掛けの戦闘機でゴジ ラを倒す展開に誰もが心震えたのである。なんといってもその思想とは、今を生きる私た ちの価値観そのものだからだ。
つまり、戦争中、命を粗末にされた日本人が、再度訪れた亡国の危機を前に、今度は誰の 命も犠牲にせず勝利するぞと。その思想的リベンジに我々は胸躍るのである。
この、言ってみれば「日本国憲法」的価値観で戦う日本人を時代劇の中で描いた点こそが 圧倒的な独自性であり、そうした映画で北米をはじめ海外の観客を感動させたことが重要 なのである。
ところがこの続編には、その思想的コアをぶちこわすとんでもない展開が待ち受ける。わ ざわざあのようなことをする必然性も無いと思われるので、これは作り手側のミスか、先 述した前作の最重要点への理解不足と評さざるを得ない。
また、本作には占領下の日本と米軍の関係を通じ、「最終兵器」をめぐる新たな問題が浮 かび上がる展開がある。
初代『ゴジラ』の原点にある、米国の核政策への批判を盛り込んだわけだが、これが実に へたっぴなのである。
いまや世界的IPとなったゴジラは、アメリカを含む欧米諸国でウケなくてはいけない、愛 されなくてはいけない宿命を背負う。だが、『ゴジラ』を作るからには反骨精神は失いた くない。映画作家としてその板挟みで、山崎監督も迷ったのではないか。結果、どこか手 が縮んだように見える。
だが、悩む必要などなかったのだ。アメリカに物申しつつ、アメリカ市場を制することは、 矛盾なくできる。
しかも、その答えは前作ですでに出していたではないか。つまり、アメリカの軍事覇権主 義の真逆ともいうべき、戦後日本の誇るべき価値観で、アメリカ人をぐうの音も出ないほ どに感動させてやればよかったのである。
それこそが、最強かつ建設的な対米批判になりうることを、米国市場で戦う日本の映画人 は知っておくべきだ。
『ゴジラ-0.0』には十分にそのポテンシャルがあったのだが、結果として中途半端な対米 批判でお茶を濁してしまった点が、実に悔やまれる。