『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』85点(100点満点中)
24年アメリカ 123分 2025/01/17公開 キノフィルムズ 映倫:R15+
監督:アリ・アッバシ 出演:セバスチャン・スタン

≪完璧な公開タイミング、今見るなら面白さ倍増≫

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は次期アメリカ大統領、ドナルド・トランプ氏がブチ切れ、上映阻止にやっきになっている、問題作中の問題作である。

野望にあふれた好青年、20代の実業家ドナルド・トランプ(セバスチャン・スタン)は、父親の会社が政府に訴えられて破産寸前に追い込まれていた。だが、会員制クラブで出 会った弁護士ロイ・コーン(ジェレミー・ストロング)の、手段を選ばぬ剛腕ぶりで危機を救われ、以来彼をビジネスおよび人生のメンターとして仰ぐようになる。ロイの教えのもと、ドナルドはNYのホテル開発を成功させてゆくが、徐々に彼はロイの想像をすら超えるふるまいを見せ始めてゆく──。

これは、アメリカの分断を進め混乱の極みに追い込んだトランプ大統領という、良くも悪くも歴史に爪跡を残した指導者が、いったいどうやって誕生したのかを探る劇映画である。

演じるセバスチャン・スタンは、MCUでバッキー・バーンズ(ウィンターソルジャー)を演じるハリウッドスターだが、この映画では憑依型俳優の面目躍如で、役作りのため四六時中トランプ本人の映像を浴びるように見、資料を読み込み、完全に本人になりきるアプローチで挑んだ。

その成果は目覚ましく、見た目はあえて「似せ過ぎなかった」(特殊メイクを担当した美術スタッフ)というのに、青年時代も中年時代も本人そのものに見える。ちょっとしたしぐさ、目線の動きなどでそう感じさせるのだろうが、俳優のスーパースキルを存分に味わえる作品である。

さて、この映画によれば、トランプ氏にはロイ・コーンというメンターがおり、その恐るべき三か条、

ルール1 攻撃、攻撃、攻撃!
ルール2 非を絶対に認めるな
ルール3 勝利を主張し続けろ

はこの男からの直伝だという。

なるほど、各州の裁判所でも認定された前々回の選挙の負けをいまだに認めず、「勝った勝った」と言い続けている姿はまさに現在も彼が、70年代からのロイ・コーンのルールを堅持している証明であろう。

さて、この3つを私なりに解説するならば、まずルール1は「マキャヴェリズム(君主論)」が元ネタだろう。君主論のうち、『目的のためには非人道的な手段さえ正当化してよい』との思想箇所を(悪い意味で)抜き出したものだ。

次に、ルール2は要するに「絶対的真実の否定」ということだ。この世に客観的な正しさなどは存在せず、正義は人それぞれだから何があっても自分を正当化し続けろという、非論理、非科学的な考え方である。

ルール3は「自己実現とプロパガンダ」。自己啓発セミナーなどではおなじみの思想で、政治家がこれをやるとプロパガンダと呼ばれる。

まとめると、トランプの本質とは「『君主論』と『真実の否定』と『プロパガンダ』」という事だ。私自身としても、なんとなく感じていたことを、この映画のおかげで明文化できた思いである。

と同時に、これは都知事選で躍進した石丸伸二や、斎藤元彦兵庫県知事&立花孝志。さらには「不倫をしないこと」を政治家の絶対条件にあげながら(06年のブログ)、不倫をしても政治家を続けている国民民主党の玉木雄一郎の政治姿勢とも符合する。いうまでもなく安倍晋三もそうだった。

「『君主論』と『真実の否定』と『プロパガンダ』」を本質とする政治屋たちが、SNSという真実性の担保のない発信ツールを悪用して権力を握る時代──。こうした時代分析が、この映画を通じて明らかになる。その一点だけでも、日本人に見てほしい作品と言える。

本来政治家=権力者とは、強き者と弱き者のバランスの崩れ(格差)をやわらげ、この世の中を暮らしやすくするのが役目だが、「君主論と真実の否定とプロパガンダ」を掲げる人物にそれができるとは思えない。

さて、映画に話を戻すとトランプの師匠ロイ・コーンとは、赤狩り(共産主義者やその支持者とみなされた人々を排除・弾圧する運動)で悪名高いマッカーシー上院議員の顧問弁護士だった人物である。

映画では描かれないが、ロイ・コーンは20代から頭角を現し、反共実現のためには手段を択ばぬ法律家として名をはせ、マッカーシーに重宝された経歴を持つ。

以前から研究者の間では常識だったが、一般向けの映画でこのような人物を人生の師として仰いでいたことが全世界に発信されることは、現在のトランプ氏からすればたまったものではないだろう。

アリ・アッバシ監督は「トランプ氏にも見てほしい」などと語っているが、涼しい顔をしてなんてことを言ってんだ、ってなものである。

とはいえ、ここがハリウッドの知性の高さと映画作りの誇りといってよいと思うが、この映画は「業界が大嫌いなトランプ氏の闇を暴く」系の映画だというのに、トランプ氏への感情的な罵倒や批判がまるで見当たらない。

それどころか若き日のトランプは非常に魅力的に描かれ、ロイ・コーンでさえ、人間味あふれるキャラクターとして生き生きとしているのである。

ロイ・コーンはじつは今でいうLGBT(ゲイ)だったのだが(本人は最後まで否定)、それなのに現実では極右的発言を繰り返してゲイ差別を行っていた。そのような人物に師事したトランプが、やはりLGBTに厳しい政治家になるという矛盾に、観客は大いに考えさせられるはずだ。

こうした矛盾の物語は、ユダヤ人でありながら赤狩りジェノサイドを主導したという、ロイ・コーンのもう一つの経歴ともダブるものがある。

そんな本作の脚本を書いたガブリエル・シャーマンは、脚本だけでなく映画の企画からかかわった主要人物なのだが、前歴はFOXニュース初代CEOとしても知られている。

彼が離れた後のFOXニュースは、跡を継いだロジャー・エイルズによって報道姿勢がトランプ寄りに極端に偏り、結果的にトランプ大統領を誕生させたといわれるが、その内幕を暴露したベストセラーの著者がまさにガブリエル・シャーマンその人である。

彼はこの映画で描かれる70〜80年代ごろのトランプ氏に何度もインタビューした経験があり、身をもって見聞きしてきた、彼の半生をかけたリサーチ結果が、本作には活かされている。

まとめると、この映画は、ドナルド・トランプという、一般人から見たらわけのわからない人物を、作り手なりに理解しようと真剣に考え、結論を出した。そういう映画である。

単なる政治家批判の映画ではないということ。これは極めて重要で、政治映画かくあるべしといいたくなるほどの、良きお手本と言えるだろう。

結果的に本作は、トランプ氏にとっては都合の悪い内容となってしまったが、それはあくまで結果論だ。アリ・アッバシ監督はイラン出身で米国政治には興味も知識もなかった人物である。

あえてそうした人物に監督を依頼して、中立的な視点も入れて判断してもらった上での結果がこの内容ということである。

本人以外知りようのない場面も多々あるから、このすべてが絶対的な真実というわけではないだろうが、すくなくとも「なぜトランプ氏のような政治家が生まれたのか」を、ハリウッド一流の頭脳が分析して出した回答としては、非常に説得力があり、かつエンタメとしても抜群に面白い。高評価せざるを得ない。

しかも、この映画は決して高予算で作られたわけではない。日本でも、なんとかこのレベルの政治映画が増えてほしいと思うのだが。



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