『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』65点(100点満点中)
MISSION: IMPOSSIBLE - DEAD RECKONING - PART ONE 23年アメリカ 164分 公開日:2023/07/21 配給:東和ピクチャーズ 監督:クリストファー・マッカリー 出演:トム・クルーズ ヴィング・レイムス サイモン・ペッグ
≪トム・クルーズはもはやAIアバター≫
全米俳優組合のストライキによって、もっとも打撃をこうむったのは間違いなくこの映画だろう。常に神対応で知られるトム・クルーズは、本来ならば日本始め世界中を飛び回り、超人的なセルフプロモーションによって億単位分の広告効果を上げたことは間違いないわけだが、それがゼロになってしまったのだから。
画期的なステルス技術を持つ原子力潜水艦が沈没した。そのテクノロジーが敵に渡るのを阻止するため、IMFエージェントのイーサン・ハント(トム・クルーズ)は旧知の仲間たちを呼び寄せ追跡する。だがその任務はまるでイーサンの過去の総決算を迫るような、チームの限界と価値観を試されるものだった。
本作は、新型コロナウイルス感染症による頻繁な遅延により予算が2億9000万ドル(402億円)にまで膨れ上がり、トム・クルーズの映画の中でも最も高額となってしまった。それどころか全ハリウッド映画の中でも歴代ランキング上位になるほどの、これは高予算映画である。
明らかに誤算であり、いかなトム・クルーズと言えどこれを黒字化するのは困難と言えるだろう。そこにもってきてストによる宣伝活動停止では、もはや絶望的と言わざるを得ない。
しかも悪いことに本作は2部作の1作目であり、次作はトム・クルーズにとって最後のイーサン・ハント役となる、つまりミッション・インポッシブルシリーズ卒業作となっている。なのにこの1作目が不発となったら、引きずられるように2作目も伸び悩む可能性が高い。
前作『トップガン マーヴェリック』(22年)を世界的ヒットに導き、映画館業界を救った立役者が、その直後にこのような不運に見舞われる。映画とは恐ろしいものである。
せめて映画の内容が大傑作なら望みもあるが、実際はそうでもない。
まず、マクガフィン(話を進めるためのアイテムのこと=それ自体に大した意味はない)となる十字鍵をいくつもの勢力が追いかける構図は単純そのもの。
ところが、今回はシリーズの集大成と位置付けられているので、ライトユーザーはすっかり忘れた過去の設定や人物が入り乱れて、わかりにくいことこの上ない。次作には27年ぶりにパート1のあの人が登場!なんてニュースになっているが、喜んでついていける人がいったい何人いるというのか。
主演トム・クルーズが体を張ったアクション(バイクでがけを飛び降りるシーンは500回ものスカイダイビングで練習し、本番シーンの撮影もスタントマンなしで6回も繰り返した)は確かに見ごたえがあるが、今回はアクションというよりエクストリームスポーツのようなものが多く、「なんだか楽しそうだねえ」との感想が先に出てしまう。
常に仲間のために戦う心優しい主人公イーサンは、お前はマクガイバーかとツッコミたくなるほど今回は銃を使わず、徒手格闘に終始する。大したものだが、トム・クルーズの美しい銃さばきを見たい私のような客には、少し不満が残る。
驚くのは、歳をとると誰もが真っ先にできなくなる(だからこそスゲー!って実感できる)全力疾走シーンが多いこと。61歳というトム・クルーズの年齢を考えると、映画のストーリー以上に現実離れしているシーンである。
そして、コロナ禍で移動もままならない我々庶民のために、世界中でロケしたゴージャスな撮影で世界旅行を疑似体験させてくれるサービス精神にも頭が下がる。
ただ、こうしたすべてが、結局一番楽しそうなのはやってる本人たちだね、となってしまうのもまたしかり。
結局このシリーズのトム・クルーズは、コロナ禍および観客層の高齢化とともに、「俺たちにはもうできない事を彼が代わりに全部やってくれる」という、中年客にとってのバーチャルアバターにとどまってしまっているのである。
映画としては話が完結しないし、ゴージャスだけど完成度はイマイチ、と言わざるを得ない。だが、上記のようなコンセプトでもいい、という中年男性にとってだけは、この映画はバッチリなのかもしれない。
やりたくてもできない全力疾走やエクストリームスポーツ、若い美女との恋、ルパンの映画で憧れた黄色いフィアット500に身体を押し込んでのカーチェイス……この映画の見せ場は、すべて彼らの欲求にぴったりとあわせて作られている。
繰り返すが、今やトム・クルーズは中年男性にとってのAIアバター。AIに反対する俳優組合ストライキもびっくりの事実が、どうやら判明してしまったというわけである。