『フライト・キャプテン 高度1万メートル、奇跡の実話』65点(100点満点中)
19年 中国 111分 監督:アンドリュー・ラウ 出演:チャン・ハンユー オウ・ハオ  トー・チアン

≪国内向け中国映画の大作、見る価値あり≫

2020年こそコロナ禍で停滞したが、2019年の中国は北米市場の規模を追い越すかという状況で、まさにイケイケであった。さらに建国70周年のメモリアルイヤーも重なり、映画界では話題作や超大作が目白押しであった。

そんな中でも話題を呼んだのが、愛国3部作と呼ばれた3本の映画。特に続きものというわけではなく、中国人の愛国心をかき立てるような企画が続いたというものだ。

実際に起きた美談の映画化が多かったが、中でも『フライト・キャプテン 高度1万メートル、奇跡の実話』は450億円もの興収を記録した、とりわけ大衆に愛されたスリラー映画である。

2018年5月14日。重慶発ラサ行きの四川航空3U8633便にはリュー機長(チャン・ハンユー)ら9名のクルーと119名の乗客が搭乗していた。途中までは順調なフライトだったが、やがて上空で重大なアクシデントが起きる。機長とクルーは命がけでその収拾にあたるが、はたして乗客は無事生還できるのだろうか。

これまで飛行機を舞台にしたアクション映画は、日常的に航空機を使うことが多いアメリカの映画の独壇場であった。この映画は、そんなハリウッド映画の牙城に中国の国産映画が真っ向から挑んだ記念すべき作品といえる。

中国版「ハドソン川の奇跡」などといわれる実話の映画化だが、事故が起きるまでは『ハッピーフライト』(08年、日本)的な、ディテール豊かなお仕事ムービーといった感じ。観客は、航空機運用の裏側を興味深く眺めながら、登場人物たちにゆっくりと共感できる仕組みである。

一方、いわゆるポップコーンムービーであるから、事故の様子は派手に描かれる。おそらく相当フィクションもまぜているのだろうと思われる。

……と思い込んであとで調べてみたのだが、意外とそうでもなく、まさに事実は小説より奇なりで驚かされた。

中国の政府機関で、民間航空行政を管轄する中国民用航空局が全面協力しているから、毒気はないものの、そもそも"愛国三部作"なんだから、その必要もあまりない。ここは素直に、すごい人たちがいたものだと、極限状態で立派な行動をしたクルーらをたたえればよい。

そうしてみるとこの映画、香港映画的な人情ドラマが味わえて、なかなか面白い。最初は面倒くさい客だと思っていた、今どき携帯電話で大声で話すような下品な成金客が、いざコトが起こった時に一致団結の中に入ってくる場面などは、ベタながらホロリとくるものがある。『インファナル・アフェア』三部作などのアンドリュー・ラウ監督ら、主に香港映画界で活躍していたスタッフによる作品なので当然だが。

機内の様子も、家族旅行を楽しむ豊かそうな人々や、ビデオブロガーらしき自撮り美少女など、いかにも最近の中国を思わせるもので興味深い。序盤、彼らを映し出す様子からは、思いっきり"ドラマの予感"を感じさせるものがあり、わくわくさせる。機内のCAたちは洗練された美人ばかりで、これまた胸躍る。旅行前の高揚感を、しっかり感じさせる映画になっている。

上空でアクシデントが起こった後も、十分に盛り上げてくれる。その辺りのスペクタクルで特に不満なところはない。エンタメ映画として、しっかり世界標準を越えてきている。笑って、ドキドキして、泣ける。

国内向けの中国映画ならではということで、愛国気分を盛り上げる要素がいくつもあって、そのあたりの盛り具合はいかにもアジアンで感情的な感じもする。日本人としては、そのあたりを分かったうえで、外国文化として楽しんでしまうのが賢いやり方であろう。

蛇足気味の後日談がついているなど、世界市場向けのハリウッド映画と比べれば、まだまだ垢ぬけない部分はあるが、映像技術は十分だし、普通に楽しめる。

現在、中国映画には、積極的に国外に出て行かないこうしたエンターテイメントの大作が幾つもある。

近い将来には、こうした作品が本格的に輸出されていくことになるはずだ。その頃には、ハリウッド映画のように洗練された国際向け作品として、また一段とレベルアップした姿が見られるかもしれない。

そうなったとき、日本を含めたアジア市場を中国製エンタメ大作が席巻する可能性は決して低くはない。少なくとも、各国のアメリカ映画のシェアを食いまくることは間違いないだろう。

そんな近未来を占う意味でも、『フライト・キャプテン 高度1万メートル、奇跡の実話』は重要な一作だと私は認識している。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.