『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』60点(100点満点中)
20年 日本 98分 監督:田部井一真 出演:ホセ・ムヒカ
≪ムヒカ氏の言葉は素晴らしいが、政治面にもっと突っ込んでほしい≫
元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカは、日本でも大人気の政治家である。いまの日本は歴史上まれにみるデタラメな政治がまかり通っている国で、少しでも世の中のことをまじめに考えたことのある人ならば、絶望以外の感情を持つことは難しいレベル。国民の政治意識の低さも恐るべきもので、原爆を落とされるまで破滅に気づかないノーテンキな国民性は全く変わっていない。
そうした現状を憂う立場の者からみると、「国民のために身を粉にして働く」という、ムヒカのようなまっとうな政治家がほとんど聖人君子のように見える。自分たちがついぞ持つことができなかったタイプの政治家だからこそ、羨望のまなざしで見てしまう気持ちは私にも痛いほどわかる。
ということで、彼のドキュメンタリーを日本人が作るというのは、非常に合点がいく話。本作は、「めざましテレビ」などフジテレビの報道番組やドキュメンタリーで経験を積んだ田部井一真監督による、初めての映画作品である。
日本とのかかわりに焦点を当てた点が特徴的で、じっさいムヒカ氏が日本の思い出を語る場面は一つの見どころとなっている。
いわく、1935年ごろ、子供だったムヒカ氏はウルグアイに住んでいたが、そこで苦しい生活の中、多くの日本人との交流があったという。そこで彼が菊を見た、その後の人生においても忘れられない美しさだったと語る姿は、じつに心温まる印象的なものだ。
驚くべきは、この話の中で何人もの日本人の名前がスラスラと出てくることだ。いったい何十年前の話だというほどの昔話なのに、驚異的な記憶力である。ほんわかしたやさしいおじいさん然とした見た目とは違う、優秀な政治家の片りんをうかがわせるいい映像であった。
さらに感動的なのは、ムヒカ氏が訪日した際、広島について語る場面だ。
彼は言う。もし日本に来て広島に来なかったら冒涜である、人類に対してもだ、と。
そして、ここに招いてもらえて大変光栄だと語りながら、被害者を思っての事だろう、つらそうな表情を見せるのである。
およそこの場所に来た世界の政治家の中で、短いながらもこれほど胸を打つ言葉を発した人を私は知らない。
決して比べてはいけないと思いながらも、毎年コピペの原稿を読んでいるだけだった事がバレた元総理大臣とのあまりの差に、激しい怒りの感情が沸き上がる。いったいこの国は何なのだ。なぜあのような、およそ考えられる最低に近い人物と仲間たちが8年近くも権力を握り続けられるシステムになっているのか。
もはや「原爆」が落ちる破滅の日はそう遠くないというのに、なぜ誤った政策を続ける後継政権を、7割や8割もの人間が支持するなどという事になってしまうのか。
結局日本という国は、警告を発し続けた心ある人たちとその家族を大勢巻き添えにして、落ちるところまで落ちてゆく国という事だ。そして、たとえそこまで行ったとしても、不十分な検証と反省のもと、1世代かけて結局また同じことを繰り返すのである。
ムヒカ氏の言葉は、まともな感受性をもつ人にとっては、ときに劇薬のように、ときに癒しの水のように、心を刺激し、また染み入るものばかりだ。
その理由は、彼の考え方が読書から得たものではなく、内面との徹底した対話によって生み出されたものだからに他ならない。その思想や信条を彼は、言葉にできないほど壮絶な獄中生活の中で、一滴一滴しぼりだすように身に着けたのだろう。
そのことが、この映画を見るとよくわかる。だからこそ、曲がりなりにも平和が続いたこの国の政治家の中には、彼に匹敵する「言葉」を紡ぎだせる人間が皆無なのである。
監督は自分の子供にホセと名付けたほどムヒカに傾倒しているから、はじめての映画づくりの割には、さすがツボを押さえた作りになっている。彼らのカメラがとらえたムヒカ本人の言葉には、まぎれもなく大きな価値がある。
ただし、これは予算的な問題と思うがもう少し取材回数を重ねて厚みを出してほしい、そんな食い足りなさも残る。
また、監督に日本の現状に対する危機感がもっとあって、そこを遠慮なく作品そして取材に投影し、ムヒカの考えと結びつけることができていたら、作品の迫力も違ってきただろう。
じっさいは、彼の人生論、人生訓の部分が中心で、正直もったいないなという気がする。
なんといってもムヒカ氏は現役の政治家であり、それどころか彼の人生は政治そのもの。要は政治の人なのである。政治の文脈の中で扱ってこそ輝く人だと思うし、日本人が彼の映画を作るのならば、現代日本のあまりにひどい政治的惨状を彼に見せ、どうしたらいいのか問う場面があっても良かっただろうと思うのである。