『ミッドウェイ』35点(100点満点中)
監督:ローランド・エメリッヒ 出演:エド・スクライン パトリック・ウィルソン ウディ・ハレルソン
≪完璧な炎上対策で、逆にけれん味がそがれた≫
米軍がエイリアンと戦うアメリカ万歳映画『インデペンデンス・デイ』シリーズや、中国人が世界を救うディザスタームービー『2012』(09年)、軍産複合体批判をやろうとして失敗した『ホワイトハウス・ダウン』(13年)など、ローランド・エメリッヒ監督のエンタメ映画には、いつでも大味で偏屈な政治的主張が満ち溢れている。
西ドイツ出身ながらアメリカで大成功し、今ではチャイナマネーに頼らないと大作をとることができなくなったこのヒットメーカーがミッドウェー海戦を描いた『ミッドウェイ』を撮る。
まさに悪い予感しかない、この夏の話題作である。
山本五十六(豊川悦司)司令長官は、真珠湾攻撃で大打撃を与え、米兵の士気を打ち砕くことに成功する。これに対し米軍側は、兵士を鼓舞することにかけては定評のある破天荒なニミッツ大将(ウディ・ハレルソン)を新指揮官に任命。彼は山本をよく知るレイトン少佐に、日本軍の暗号解読を命じる。レイトンら情報部は偽情報を流すことで、帝国海軍の目的地「AF」がミッドウェーだとついに解き明かす。
真珠湾攻撃から始まり、日本軍がミッドウェー沖での決戦でコテンパンに敗北する。そんな史実をエンタメ度たっぷりの迫力映像で見せる戦争映画の大作である。
いうまでもなく、アメリカ人にとってのミッドウェー海戦とは、卑怯な真珠湾攻撃を行った日本軍に天罰が下った史実としてとらえられている。
どちらかといえば、やはりアメリカ人にとっては気持ちのいい史実であるから、映画化企画も簡単に通るだろう……と思ったら大間違いで、この企画は資金集めの点で難航をきわめた。
それはそうだ。日本なんてのは、アメリカ人にとってはとっくに忘れられた過去の国で、いまさら大作映画の主役にするような存在感などない。現在彼らが気にする国際情勢といえば、世界最大の大国同士が戦う米中貿易戦争以外にないわけで、日本などかすりもしない。
そんなわけでエメリッヒ監督は中国資本に頼り、ようやくこの映画を完成させることになった。
こうした経緯を書くと、すぐに日本では愛国紳士たちが「すわ、反日映画か!」と大騒ぎするのが昨今の風潮である。
しかし残念ながら、日本パッシング(バッシングにあらず)はアメリカだけではない。中国においても、もはや落ち目の日本にたいして反日映画なんぞを作る動機も意欲も大いに減退しているのが現状である。
結局、勝手に騒いでいるのは日本のネトウヨだけ。中国や韓国が反日プロパガンダを流していたかつてとは、大いに情勢が異なっていることを認識しなくてはいけない。
そんなわけで『ミッドウェイ』には、彼らが期待(?)するような反日描写もトンデモ日本もない。日本の配給会社であるキノフィルムズが炎上対策として慎重に日本語字幕を作ったのと、映画自体もわずかな再編集を行ったことで、そうしたトンデモ感はほとんど消え去っている。
キノフィルムズの過剰なまでの炎上対策は、公式サイトの記述にも見て取れる。彼らはこの映画のストーリーに、
1941年の日本軍による奇襲とも言える真珠湾(パールハーバー)攻撃。
などと書いているが、私は読んで思わず笑ってしまった。
日本軍による奇襲攻撃ではなく、「日本軍による奇襲とも言える」真珠湾攻撃だそうである。
なぜこんな回りくどい表現をするかといえば、彼らが恐れる右派の歴史観においては、真珠湾攻撃=奇襲 とはアメリカの一方的な見方にすぎない事になっているからだ。
実際は日本は手順通りの宣戦布告を出そうとしていたのに、外務省の不手際によって到着が遅れ、結果的に奇襲になってしまったというわけだ。
さらにいえば真珠湾攻撃自体が、日本を戦争に引きずり込みたかったルーズベルトの策略であり、アメリカは事前に攻撃を察知していた。その証拠に肝心の空母部隊は事前に移動され温存されていた、という見方もある。
こうした歴史観を持つ彼らに対し、公式サイトが「奇襲」ときめつけた記述をしてしまったならば、間違いなく炎上してしまうだろう。おそらくそのように、キノフィルムズ側が認識していた事が、この表現を見るだけで私には手に取るようにわかるのである。
彼らには、配給作品『空母いぶき』(19年、日本)のとき、安倍首相を揶揄したなどと言われた佐藤浩市の発言や、中国に忖度したラストシーンが大炎上した苦い経験がある。その経験を教訓とし、今回『ミッドウェイ』の日本公開にあたって慎重に慎重を重ねるプロモーションを行ったのだと思われる。
右派メディアが大騒ぎしていた、問題のドーリットル空襲の場面で不自然に挿入される米中キャラの親睦シーンも、多少の違和感はあれど、別にどうといったことはない。映画の流れをたたっきるほどのものではない。
そんなわけで、普通の日本人としては余計な政治的対立を気にすることなく、豊川悦司の山本五十六の意外なマッチぶりや、名将・山口多聞をやたらと持ち上げるエメリッヒ演出を、いささか恥ずかしい思いをしつつ楽しむことができるだろう。
とくに山口多聞を演じる浅野忠信は、海戦アクション『バトルシップ』(12年、米)でも、いかにも日本人らしい実直誠実なイージス艦長を演じており、そのイメージを存分に利用した配役となっている。
『ID4』でも感動シーンとして扱われていた、この監督が大好きな特攻の場面もちゃんとあるし、オールCGで描かれた海戦シーンもそれなりに迫力がある。
もっとも、戦史マニアや、歴史的美談を期待する日本人にとっては、少々物足りないことは間違いない。それは、ドイツ人監督がアメリカや中国や日本、全部に忖度しながら作った映画なのだから仕方がない。
個人的に思うのは、エメリッヒ監督は移民監督として、ハリウッドでは相当苦労しているのだな、ということだ。かつてのヒットメーカーも、今ではこんなにもあちこちに気を使った映画を作るようになってしまった。
エンタメ監督としては、まだまだやれることがあると思うので、次回は周囲の雑音など気にせず、好き放題に暴れまわってほしいと思う。