『M/村西とおる狂熱の日々 完全版』85点(100点満点中)
日本 109分 配給:東映ビデオ 映倫:R15+ 監督:片嶋一貴 出演:村西とおる | 本橋信宏

≪日本人が失ったものが見てとれる≫

『男はつらいよ』の最新50作品目が間もなく公開になる。これには当時の映像がふんだんに使われており、あたかも昭和のドキュメンタリーのような印象さえ受ける。

一方『M/村西とおる狂熱の日々 完全版』は、若き日のAV監督、村西とおるに密着したドキュメンタリーということで、ジャンルは全く異なるのだが、同じように数十年程度の過去の出来事を見せてくれる映画である。

立て続けにこうした作品を見て思うことは、残念ながら日本はあらゆる意味において、完全に衰退したということである。

1996年。伝説的なAV監督の村西は、バブル崩壊とともにこしらえた50億円の借金を前に、再起を図ろうと考えていた。まずは4時間を超えるエロVシネマのため、大規模な北海道ロケを慣行。さらに35本ものヌードビデオの制作を開始する。だが彼の猪突猛進な勢いについてこられるスタッフ、そして女優ばかりではなく、撮影はトラブル続き。はたして村西の挑戦の結果はどうなるのか……。

この映画に出てくるAV撮影の裏側は、普通はまず見ることができないものだ。しかも、同じAVでも前代未聞の規模で行われた、撮るほうも撮られる方も手探りな無茶企画だったのだからなおさらだ。文化資料的価値のある貴重な映像といえるだろう

本作を見に行く人は、女優の裸が見たいといった安直な期待を持っているわけではあるまい。むしろネットフリックス『全裸監督』のモデルとなった破天荒な男の人生と、そこから導き出された人生訓のようなものを期待している人が多いだろう。

そうしたニーズには、間違いなくこの映画は応えてくれる。AVだのなんだのを抜きにしても、ひたすら前だけを見て、意欲と工夫と勢いをもって仕事をする男女の猛烈な姿は、近年なかなか見られない。そこから何かの教訓を得られることは確かである。

飯を食う、と表現すべき豪快な食事シーンが何度も入るが、これが特にいい。そこにいるみんなで、同じものを、あるものを食いまくる。ものすごいバイタリティである。

ああ、わずか20年かそこら前に、こんなにエネルギッシュな人たちがいたのかと、今の若い人は衝撃を受けるに違いない。

確かにそうなのだ。

村西監督だけではない、多かれ少なかれあの時代の日本人には野生動物としてのパワーがあった。エコノミックアニマルといわれるくらいには、世界で恐れられていたのだ。だが今はどうか。アニマルどころか屋敷猫ではないか。

この映画には、準備不足と経験不足と、予期せぬエゴのぶつかりあいなどによるトラブルがたくさんおさめられている。今の価値観で見たら、しゃれにならないような事をやっているのも確かだ。いい意味で、余計な作りこみを行っていないので、そうした当時の空気感がダイレクトに伝わる。それも面白い。

いや、面白いなんていったら怒り出すほど、いやな思いをしたり、大損させられた人もきっといただろう。容易に想像できることだ。

それでも、ラストの完成した作品の一部シーンが流れると、ほろ苦い感動が巻き起こる。エロシーンで泣けるというのもどうかと思うが、そこには紆余曲折と苦労に満ちた人生を送ってきた、それでも頑張っているやつらの必死な思いが透けて見えるのである。これもまたひとつの労働者の姿、である。

これを上映会で見た若者が、勇気をもらえた、との感想を言っていた。それはよくわかる。今は明らかにこの時代よりも、生きていくのが大変になってしまったから、後押ししてくれる何かを若者は必要としている。

昔を描いた映画やドキュメンタリーを見て、ああ、今の方がひどいやと感じる世の中になるとは、このころはよもや私も思ってもいなかったが、現実はそうなってしまった。はたしてここに出てくるような活力をこの国が取り戻す日は来るのだろうか。



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