『HUMAN LOST 人間失格』50点(100点満点中)
日本 110分 配給:東宝映像事業部 監督:木崎文智 声の出演:宮野真守 | 花澤香菜

≪異色のSF作品≫

太宰治の生誕110年ということで、今年2019年はいくつかの映画化がなされている。とくに「人間失格」は太宰といえばこれ、な代表作だからこれまで何度も映像化されてきた。

とくに9月に公開されたばかりの蜷川実花監督『人間失格 太宰治と3人の女たち』などは、静子役の沢尻エリカがMDMA所持で逮捕されて人生を棒に振るなど、文字通りの失格ぶりを見せつける形になり、ほとんど体当たり芸というべき話題を振りまいている。

昭和111年。医療技術のイノベーションにより病気や怪我を根絶したこの国では、国民は120歳を超える長寿となり、19時間もの長時間労働と環境保護無視の経済政策によってCGP世界一位と高額年金を享受している。だがその陰で激しい格差も生じ、不自然な生き方と人の在り方に満足できない一部の者たちは、不死身をいいことに無謀な暴走行為に走るのだった。

さて、映画はその暴走行為に思わず参加することになった主人公、大庭葉藏(宮野真守)が、本人も予想だにしない変化によって人類の存亡を揺るがす出来事に巻き込まれてゆく姿を、アクションたっぷりの高品質3Dアニメーションで描き出す。木崎文智監督らの厳しい要望を、日本の誇る3Dアニメスタジオのポリゴン・ピクチュアズが必死に実現したアニメーションは大きな見どころである。

というか、「人間失格」がなんでアクション満載の近未来SFになってんだというツッコミにまずは答えねばならない。本作は、あくまで太宰治の遺作の精神をもとに、人間関係は極力温存したままで大胆なアレンジを施した作品というわけだ。

その内容はほとんどオリジナルと言っていいもので、とくにディストピア的世界観の凝りようは魅力といえる。

この世界では、ナノマシンを全国民に埋め込み、オンラインで中央と結ぶことで病気になったら電話一本で遠隔治療が行える。いや、病気どころか怪我だってすぐに治る。これは小保方先生もびっくり、どんな万能細胞を使っているのかと驚かされる。

それどころか、特に優れた健康因子をもつと思しき「合格者」の老人たち(140歳を超えるらしい)とその他国民をリンクさせ、文字通り"一億層火の玉"になって日本人は世界一の経済大国となっている(実際は人口は一億よりもかなり減っている)。

面白いのは、不死身だからと大事故上等で毎夜検問と防衛隊に戦いを挑むやんちゃな暴走族なんかがいたりする点。

香港でやったら命の危機だが、現代日本ではデモをやっても抗議をしても命まではとられない。そんな平和な国の抗議者たちを思わせる設定である。主人公はそうした運動家たちに引っ張られる形で、たいした主体性もなくつきあって大変な目に合う。

ここで問題になるのがタイトルにもなったヒューマンロスト現象で、これは何らかの原因でこの一億層火の玉コミュニティからとっぱずれたバグ人間のこと。ひとたびこの日本人健康集団から外れると、とたんにその人物はデビルマン化して周りに危害を及ぼすのである。

なので専門のロスト体・駆除軍団もいて、デバイスソードという、あぶない液体を刀身にうめこんだ刀でめった刺しにして事なきを得ようとする。彼らとロスト体との戦いが、本作のユニークな見せ場となっている。高田馬場での戦闘場面は大いに見ごたえがある。

さて、なぜこんなに細かく設定やあらすじを説明したかというと、この作品はユニークすぎる世界観を持つが、かなり説明を端折っており、SFに不慣れな人はついていくのが大変と思われるからである。

おそらく何の予備知識もなく本作を見ると、この辺りを把握するので精いっぱいで、その世界観や設定がいったいなにを暗喩し、太宰の作品とリンクし、さらには現代につながってくるのか、それを考察する余裕がなくなってしまうだろう。それではこの映画を見る意味や楽しみが大きく損なわれてしまう。

当サイトは公式サイトやネットのレビューの無神経なネタバレっぷりを普段から批判することが多いが、ことこの映画に限っては、公式サイトの設定解説くらいは読んでから行くことを進めたい。

ちなみに、こうしたアドバイスをせざるを得ない作品というものを、私は高く評価しない。優れたオリジナルSFというものは、パッと見の面白さにつられて何度も見たくなるが、そのたびに表面的な面白さ以上に、新たな発見や奥深い含みというものに気づかされ、引き込まれていく。そうあるべきと考えている。

この映画は、そのぱっと見の面白さに欠ける。リピートしたくなる魅力が足りない。だから一回目こそが勝負であって、事前になるべく解説者たちが興味をあおってやらねばならないのである。手のかかる駄々っ子のようで、困ったものである。

極端な長寿と科学技術の発展が、人間と社会そのものをダメにし「失格」者としてしまう。やりようによっては非常に斬新かつ興味深く、現代の社会問題を刺すだけのポテンシャルがあるアイデアである。路線としては間違っていないと思うので、さらなるブラッシュアップを期待したい。



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