『i−新聞記者ドキュメント−』65点(100点満点中)
日本/スターサンズ
監督:森達也 出演:望月衣塑子

≪安倍政権から攻撃されている人物が作った映画≫

スターサンズの河村光庸プロデューサーは、今の日本映画界でもっとも物議をかもしている人物である。まずなんといっても、加計学園問題の映画化『新聞記者』を、イオン・シネマを巻き込み全国公開して興収10位に食い込ませる大金星を挙げた功績を記しておかねばならない。

国民が一億総不感症となってしまったこの日本では、旧来のメディアやジャーナリズムに腐敗した政治を正す力はない。そのため、権力側はたやすく情報と世論のアンダーコントロールができる。権力者がどれほどひどい事をやっても責任を取らずに済む、そんな世の中になっている。それが6年間も続いているので、30代くらいまでの若い人はその異常さに気づいてすらいないだろう。

そんな中、現役総理大臣による現在進行中の疑獄事件を実写の劇映画にしてここまでヒットさせたというのは、とてつもない出来事なのである。ほんの弱い灯ではあるが、映画は、映画だけは屈していないぞと、気概を示した格好である。

だが、政府に逆らった代償は手痛いものであった。

続いて河村氏が手がけた『宮本から君へ』(公開中)に内定していた文化庁・文化芸術振興会による助成金が、後出しの苦しい理由で不交付となってしまったのである、『宮本から君へ』のような小さな予算の映画にとって、あてにしていた1000万円がおじゃんになるというのは致命的である。

むろん、文化庁はそれっぽい言い訳もしている。だが、理屈と膏薬はどこへでもつくのであり、一般人は騙せても映画業界人には「ああ、河村さん『新聞記者』でやられたね。おーコワ、オレらも気を付けよう」とのメッセージが正確に伝わる仕組みになっている。

官邸のアンダーコントロールが及ばない最後の領域、社会派映画という最後の砦。そこを守る映画人たちが今、猛攻撃にあっている。

まるでサイバーダイン社のターミネーターが、レジスタンスの残党狩りをやっている、そんな同じ構図である。

『i−新聞記者ドキュメント−』は、その渦中の河村光庸プロデューサーが、『FAKE』(16年)『「A」』(98年)の森達也監督とともに仕掛ける政治・政権批判ドキュメンタリーの決定版といえる。

内容は、東京新聞社会部記者の望月衣塑子氏に対する密着もの。菅義偉官房長官の記者会見で、記者クラブを震撼させた「ガチ質問」を繰り返し、やがて質問妨害にあう様子などを中心に、森監督らしい押しの強い取材の様子が見て取れる。

質問妨害の様子はもちろん、国会、議員会館前でなぜか警備員に通行を阻害される場面など、どうにも理不尽で、かつスリリングなシーンがいくつも出てくる。

しかし、意外にも本作が面白いのは、望月記者の忙しい日常に密着したことで明らかになる新聞記者という仕事のディテールについて。つまりお仕事ムービーとしての側面である。

東京新聞社内はもちろん、どこで何を食べているのかがわかる食事風景からメイクルームまで、よくまあついていくものだと感心させられるが、このあたりは森監督の真骨頂。彼女の取材先も含めて、ある程度のトラブルは覚悟の上での撮影だろうとよくわかる。

映画の最初には、知花の読み方や牧志の位置さえよく知らない、望月氏のたどたどしい沖縄取材の様子が配置されている。どこか頼りなく、あぶなっかしい印象を観客は受ける。だがそこから研鑽を重ね、辺野古の海への赤土投入というとんでもない事件取材の最前線に入っていく流れは、彼女自身の成長を感じさせる構図となっている。

望月衣塑子記者は、声と見た目が良い上に、記者らしい人当たりの良さを持ち合わせているので、偏見を持たずに本作を見ていくと、多くの人が共感を持つ事になるだろう。まさに望月ファンムービーである。

一方、菅官房長官はその逆で、一般人がほとんど見られないクローズドな会見場での傍若無人な振る舞いや、記者に対する蔑視の表情など、隠そうにも隠し切れない感情が映像からは見て取れる。

むろん、彼に批判的な森監督の編集によってそうした悪役感が増幅されているのは言うまでもない。

だが、それにしても実際の菅氏の望月氏に対する返答は、この映画に出てこない部分も含めてあまりにも国民をバカにしたものであり、同情の余地はまったくない。

というより、こんな人物を「令和おじさん」などといってもてはやす風潮はどうかしている。移民マンセー政治家なのに彼を擁護する、アンチ望月のネトウヨ連中も同じくどうかしている。

ともあれ、こうした新聞記者の仕事風景、仕事の進め方が垣間見える点は本作の面白い点である。

一方、本作には風刺には不可欠なユーモアが足りず、観客の共感という点で彼女のキャラクター頼りな点は弱点といえる。カメラのブレが激しく、ベテラン映画作家としてもう少し丁寧な撮影ができないものかと感じられる点もマイナスであろう。

とくにユーモアの不足は、終盤のアニメシーンと森監督の主張が唐突に感じられる結果となり、説得力が乏しく見える点でも作品に悪影響を及ぼしている。

また、望月氏への質問妨害は衝撃的なほどにひどいので、なぜ他の記者の支援がないのか、そこにもっと焦点を当ててほしいし、ふぬけな同業者連中を浮き彫りにするくらいの事はいち観客として求めたいと思う。

森監督はベテランで、その思想や主張は観客もだいたいわかっているのだから、もっと偏った内容だって構わないと私は思う。そのうえで、他の記者たちが戦わざるをえなくなるような、奮起せざるを得なくなるような空気を作り出してほしい。

そんなわけで本作は、社会派映画としてはドラマ版の『新聞記者』ほどの完成度の高さと映画的センスがなく、少々物足りない。

だが、それでも今の世に必要な作品であることは確かであり、どこまで支持を広げられるか、私は注目している。



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