『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』35点(100点満点中)
WINGS OVER EVEREST 中国日本/110分/アスミック・エース/映倫:PG12
監督:ユー・フェイ 出演:役所広司 | チャン・ジンチュー

≪チャイナバブルのあだ花になるのか?≫

昨年、日中合作協定が結ばれ、いよいよ遅ればせながら日本映画界も中国バブルの波に乗るかと思われている2019年。『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』は、日本を代表する俳優、役所広司主演作ということでその第一弾かと思いきや、協定締結よりはるか前の企画らしい。

ヒマラヤの平和にかかわる機密文書を乗せた航空機がエベレスト山頂近くに墜落した。その捜索にやってきたインド軍の特別捜査官から山岳ガイドを頼まれたヒマラヤ救助隊ウィングス隊長のジアン・ユエシュン(役所広司)は、女性隊員シャオタイズー(チャン・ジンチュー)、ヘリパイロットのハン(リン・ボーホン)らとエベレストの山頂に向かう。

この映画がユニークなのは、監督したユー・フェイが大富豪の冒険家という点だろう。フランスのゲーム会社の中国総裁として中国支社を創立。莫大な富を築いた彼は、この映画の脚本を書きながら、モンブランやエベレストに登頂。

さらには両極制覇に各種エクストリームスポーツなど、イッテQもびっくりの冒険を繰り返している。さらに、ちょろっと小説を書いて出版してみたりと、きわめて生産性の高いコスパ抜群な人生を送っている人物である。

大ベストセラー作家でありレースチャンピオンであり映画監督のハン・ハンという、似たようなスーパー人間が中国にはいるが、国が経済成長を遂げていると、こういう何人分もの人生を生きているようなスケールの大きい人物がどんどん出てくる。

『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』は、そんなユー・フェイ監督が初めてメガホンをとった作品だが、「とにかくやりたいことをガンガンやって形にしてみた」、いかにもスピード重視、見切り発車上等の中国ビジネスらしい作品となっている。

CGは荒っぽいし、雪崩にダイビングして生還する、冒険家としてのリアリティはどこへいった式のど派手アクションといい、ダメダメ箇所を挙げればきりがない。

しかしながら……なんといおうか、これはもう、これでいいんじゃないかと思わせる勢いが本作にはある。細かいことは気にせず、野菜や肉やわけのわからん何か等々、まとめて強火で炒めた中華料理を温かいうちに食するような、そんな気持ちで見る映画といえるだろう。

日本最高の俳優をスカウトし、ジャッキー・チェンのアクションチームにスタントコーディネートを依頼し、ネパールロケやカナダロケを敢行して自分の大好きなエベレストを舞台に「ぼくのかんがえた、さいこうのぼうけん」を映画にしてしまう。東京国際、上海国際、シンガポールなど名だたる映画祭で上映し、レッドカーペットを練り歩く。

いったいぜんたい、こんなワガママをできる人間が、この地上にどれだけいるのか知らないが、ここまで来るとうらやましいを通り越してただただ圧倒されるばかりである。

ここまでやって、肝心の中国での上映はあっさり延期され、日本公開もそれほど大規模というわけではないから、制作費の回収ができるのかどうか心配になってくるが、バブリーな中国人にとってはそんなの屁でもないのかもしれない。バブルのあだ花にならなければいいのだが。

映画としての完成度には期待せず、こうした制作背景に時代性を感じながら世界一の勢いを持つ経済大国の映画を楽しむ、私はそんなやりかたをすすめたい。

チケットを買ったならば、これはもう乗った者勝ち。そう割り切ればきっとそこそこ楽しめるし、感動もできるし、思ったよりすごいね、と満足して劇場を出てこられるだろう。



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