『閉鎖病棟―それぞれの朝―』65点(100点満点中)
監督:平山秀幸 出演:笑福亭鶴瓶 綾野剛

≪生きにくい時代に輝く3人の思いやり≫

日本経済が衰退する中、精神を病む人は増え続け、かつてほどは精神病院というものが非日常ではなくなってきた。『閉鎖病棟―それぞれの朝―』は、まだそうなる前に書かれた精神科医の作家、帚木蓬生による小説を原作とする人間ドラマ。99年の福原進版に続く、2度目の映画化となる。

死刑執行に失敗し、障害が残りながらも生き延びた梶木秀丸(笑福亭鶴瓶)は、いまでは長野県のある精神病院で暮らしている。そこには幻聴に悩む持つチュウさん(綾野剛)など、それぞれの症状に悩みながらも必死に生きる人間たちが幾人もいた。やがてそこに不登校の高校生、由紀(小松菜奈)がやってくる。秀丸やチュウさんの配慮により、やがて由紀も固く閉ざした心を開き、すべてがうまくいっているかのように見えたとき、彼らの運命を変える悲劇が起こる。

平山秀幸監督自ら、惚れ込んだ原作を現代を舞台にアレンジしたというだけあって、魅力あふれる物語である。ここに出てくる入院患者たちは、世間一般から見れば落ちこぼれ、落伍者、あるいは不気味で理解しがたいと思われている人たち。そんな彼らの内面にある優しさ、思いやりを丁寧にすくいあげ描写した原作の良さを映像化しようとした努力の跡がうかがえるし、おおむね成功している。

久々の主演となる笑福亭鶴瓶はじめ演者もそれにこたえているが、特筆すべきは高校生役の小松菜奈だろう。精神を破壊されるほどに悲惨な目に合うが、同時になんとかこの子のためにしてやりたいと周りに思わせる人間味を持つ、そうしたキャラクターを完璧に演じきった。年度を代表するレベルの、何かしらの映画賞に選ばれることは確実のパフォーマンスと言える。

苦悩しつつも必死に生きる姿は、病院の外に生きる私たちと基本的には変わるところがない。精神病棟ならではの一触即発のリアリティを描き、そこで勃発する衝突やトラブルそしてドラマを描く本作は、この生きにくい時代の縮図となっている。

退院を決めたチュウに看護師がいうセリフが印象的だ。「だめだったら戻ってくればいいのよ」。ここで観客は驚かされる。ここは、一刻も早く抜け出たいひどい場所。そんな風に思っているが、彼らにとっては「居場所」でもあったわけだ。居場所を失った人間はひどくもろい。その、最後の防波堤となっている。

弱いものは容赦なく転落し、そのどん底でも食い物にされる。気を抜けばだれもがやられる。社会のどの階層においても、だ。その絶望的状況とともに、それでも存在するかすかな光。正義の心と、犠牲を伴う行動を実行に移す勇気と覚悟のある人間が本作には描かれている。私たちは、容赦のない現実と、その崇高なる姿に圧倒される。

終盤までは、まれにみる傑作の誕生かと思われたが、残念なのは事件が起きた後のくだり。覚悟を持った行動のわりに、わずか2年であまりにも変わりすぎているきらいもあるし、ヒロインも何かもう少しいうことがあるのでは、という気がする。3人の思いやりを、ダイレクトに観客に伝えてほしいと思う。このクライマックスが盛り上がりに欠ける点が、唯一惜しい。

それでも『閉鎖病棟―それぞれの朝―』は、人生の苦労を知る大人の観客にとっては、大いに共感を得られるドラマで見る価値がある。他者への思いやりという、失われつつある当たり前の道徳を、改めて思い出させてくれる好編である。



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