『アップグレード』70点(100点満点中)
監督:リー・ワネル 出演:ローガン・マーシャル=グリーン ベッティ・ガブリエル

≪低予算だがわくわくさせられる新技術もの≫

AI(人工知能)とかウェアラブルデバイス(装着して介護者をサポートする人工筋肉スーツなど)といったものは、私たちにきたるべき未来を想像させる魅力的なキーワード。すでに新技術として取り入れられており、さらなる発展によって私たちの暮らしを一変させる、そんな風にとらえる人がほとんどだろう。

とくれば、近未来SF映画にそれらが取り入れられるのは必然。どんでんがえしホラー映画の『ソウ』シリーズを成功させたリー・ワネルが自ら監督した2作品目『アップグレード』は、そんなリアリティあふれる未来世界と、激しいアクションが楽しめる男の子向けおもしろ映画である。

近未来のアメリカ。EVや自動運転車が全盛の中、旧型のファイヤーバードトランザムを修理しているのは整備技師のグレイ・トレイス(ローガン・マーシャル=グリーン)。アナログなメカと妻のアシャ(メラニー・ヴァレジョ)を愛する彼は、レトロ趣味の金持ちをクライアントに、こうした仕事を請け負っている。そんなある日のこと、グレイ夫妻が乗る自動運転車のOSが突然誤作動。そのまま謎の一団に襲われ彼は脊髄損傷の重傷を負ってしまう。

さて、全身まひになった彼を救ったのは、かつてクラシックカーを直してもらったクライアントの一人、エロンというIT長者。彼が「ステム」と名付けた新開発のAIチップをグレイの背骨に埋め込んでやると、なんと損傷した神経系の代わりにステムが首から下を管理することに成功。グレイは再び体の自由を得るのだった。

面白いのは、ステムは人間の脳より高性能だから、グレイの肉体は人間のレベルを超えた速度や正確さで動かせるようになってしまう点。

それどころかAIとして過去の格闘技やら何やらを一瞬で学習したステムは、プロの殺し屋を軽く凌駕するほどの殺人術までマスター。一夜にしてスーパーヒーローと化したグレイは、自分をこんな目に合わせたやつらに復讐を開始するが……。

日本の「寄生獣」やアメコミ映画の「ヴェノム」など、近年はやりの他力本願アクションだが、肉体を管理するのが最新のAIチップという点がユニークだ。ナイトライダーのKITTよろしく、グレイにしか聞こえない脳内ヴォイスで的確なアドバイスをしてくれるステムの優秀さと妙な人間味に、観客も一瞬で心を奪われる。

コンピュータならではの強みがあるとはいえ、アナログな人間の助けがないと「完璧」なヒーローにになれない補完関係もまた、こうした設定に共感させる定番の手法で、本作も採用している。

むろん、功成り名を遂げたリー・ワネルがわざわざ自分で監督するのだから、ただのB級低予算SFアクションにはとどまらない。ちゃんと「その先」が準備されているので、ひねくれものの観客の満足度もさらにアップ、だ。

小難しいテーマや含みなど無視して、テキトーな暇つぶしとして楽しむのが本作のような作品にとっては正しいやり方。その用途ならば、十二分に満たしてくれるだろう。

機械ならではの不可思議な動きの格闘シーンは新鮮だし、それを生かした構図の画面など撮影も工夫していてよくできている。Windows Me よろしくブルースクリーンでダメダメになる展開もハラハラさせる。

アイデアを的確に生かした映画技術、地味だが安定したできばえの娯楽映画といえるだろう。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.