『真実』60点(100点満点中)
監督:是枝裕和 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ ジュリエット・ビノシュ

≪しょうがねえな、と思える女性≫

カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)受賞の快挙と、日本での大ヒットを記録した『万引き家族』で是枝裕和監督は、栄光と同時に一部から猛烈なバッシングにさらされた。

確固たる信念を持つ人物だしメンタルの弱い人ではないだろうが、相当なストレスがあった事は想像に難くない。次作である『真実』は、そうした闘いの日々からしばし離れ、疲れた心身を癒すかのような作品である。

フランスの国民的大女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)が、「真実」というタイトルの自伝を出すことになった。これに腹を立てたのが脚本家で娘のリュミエール(ジュリエット・ビノシュ)。さんざ好き勝手な行動で母親らしいことをしなかったくせに、本にはおよそ"真実"とは真逆の事が書いてあったのだ。テレビ俳優の夫ハンクと娘のシャルロットを伴い、ファビエンヌのもとを訪れた彼女はさっそく抗議するが、ファビエンヌは意にも介さず、うだつのあがらないハンクを小ばかにする始末。一触即発の家族たちは、はたしてどうなるのか。

是枝裕和監督は、良くも悪くも前作でかつてない喧騒のただ中にさらされた。そのあとに、小うるさい日本を離れ、全編フランスロケであこがれのカトリーヌ・ドヌーヴをはじめとする海外の映画人との仕事ができたことは幸運であったろう。本作を見ると、パーソナルに映画作りを楽しみ、味わっているかのような穏やかさが感じられて心地がいい。

映画の主題は、人間の本質を描こうとする家族ドラマで、その意味では過去の作品にも連なるが、そのタッチに攻撃的、挑発的なところはほとんどない。それはとくにドヌーヴ演じるファビエンヌの描き方に現れる。

このキャラクターは、どこにいってもシャレにならないくらい傍若無人にふるまっている。撮影現場に行けば映画監督は子供扱いだし、調子が悪いと言い訳ばかりするし、そのくせ大物女優ぶってプライドだけは異常に高い。どこかイメージが重なるドヌーヴ本人はもっと凄い、という話だが、それにしても絵にかいたようなワガママ女優である。

しかし、この映画に出てくる男たちと、画面にこそ出ては来ないがおそらく是枝監督は、そんなワガママ女をしょうがねえなと、自由にさせているのである。

それは彼女が権力者だからとか、怒らせると怖いからとか、そういう事ではない。むしろどんなに成功しても立場が上でも、オンナというものはどこか弱く、可愛いものであると、そんな風に思っているわけだ。

この映画に出てくる、いや繰り返すが出てこなくても監督や、椅子に座ってみているアナタがた男たちは、実にやさしい。男というのは、妄想のお城に暮らすオンナがいれば、その虚構が崩れぬよう、本能的に協力してやるものなのである。それがこの映画を見るとよくわかるし、再確認できるし、自分自身も優しさを取り戻すことさえできるだろう。

それに比べて彼女の娘たるリュミールは辛らつだ。ラストのあのちょっとした驚きのシーン、行動は、男の発想ではまずありえない。

その動物的な攻撃性と、しかしそんな形で、もしかしたら本音を見せていたのかもしれないと思わせる優しさの相反する要素が矛盾なく同居している。これまたオンナの複雑で、面倒くさい一面でもある。

是枝監督は、性格の悪い(ように見える)母とふりまわされる娘のやりとりを軽妙でコミカルな人間ドラマとして上手に料理するが、その中でかようにオンナというものの本質を鋭くえぐってみせる。それも、大して苦労もなくやっているかのように見える。女心とそのメカニズムをよく理解しているということだ。恐らくこの人は、相当モテるだろう。

また、いい具合に肩の力が抜けて、気負いがないように感じられるのは、なんといってもカンヌを制した余裕と自信のたまものだろう。これだけの一流キャストを前に、なんとも堂々たる指揮者ぶりだ。

物語の面白さとか、サスペンスとか、驚くほどの意外性とか見たこともない視点とか、良くも悪くもそうした新鮮味はない映画なので、一般向きではないし、私はあまり積極的にはすすめない。あえて点数が低めなのはそれが理由で、決して駄作や失敗作という意味ではない。

しかし、是枝監督の人間観察力の確かさと演出力のうまさは存分に味わえる。通好みの、わかる人だけ来てくれればいいだろうという、潔い割り切りすら感じる新作である。

これだけの良質なドラマを作れたら、きっと彼も充電ばっちり。次はまた挑発的な作品で、世の中に殴り込んでくるだろう。そちらにもまた期待したい。



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