『ダンスウィズミー』85点(100点満点中)
監督:矢口史靖 出演:三吉彩花 やしろ優

≪発想は100点≫

矢口史靖監督は、日本映画界の中では突出してエンタメの才がある監督である。男子生徒にアーティスティックスイミング(シンクロ)をやらせたり、女子生徒にジャズをやらせたり、挙句の果てには航空機が離陸して着陸するだけの話を、圧倒的エンタメに仕上げてしまう。そのようなアイデアと演出力あふれる監督は世界的にも稀有であり、私のみならず多くの人が新作に注目している。

そんな彼が今回手がけたのはミュージカルコメディ映画。正直、ベタすぎてパッとしない。最初に聞いたときはそう思った。主演の三吉彩花が歌い踊る写真も、どこかチープで見る気を起こさせない。そんな風に感じていた。

しかしその思いはすぐに覆された。『ダンスウィズミー』はまぎれもない傑作であった。やはり矢口史靖監督作品にハズレなし、だ。

一流企業に勤める鈴木静香(三吉彩花)は、たまたま入ることになった怪しげな催眠術師の館で、インチキくさい術師のマーチン上田(宝田明)が隣の少女に催眠術をかけるのを冷めた目で見つめていた。ところが何を間違えたか、「上手に歌い踊れるようになる」暗示は静香のほうにかかってしまう。以来、町なかで音楽を耳にするたびダンスをはじめ、周囲に大迷惑をかけてしまう静香は、暗示を解くためマーチン上田を探す旅に出る。

ミュージカル映画は好きだったが、突如踊りだし、また突然日常のドラマに戻る「お約束」がどうも受け入れられなかったと語る矢口監督。ところが「ヒロインが催眠術にかかってしまう」アイデアを思いつき、これならいけると企画を進めたのだという。

このアイデアはありそうでなかった素晴らしいもので、もうこの時点で成功が決まったようなものだ。

本作はまるでミュージカルジャンルのセルフパロディのような鉄板ギャグにあふれ、かつ堂々と踊りシーンを好きなだけ、好きな場所で演出できる。不自然さはゼロだ。この独創性は特筆に値する。

キャストも素晴らしい。オーディションで選ばれたという主演の三吉彩花は長身でスクリーンに映える、映画女優としての大きなポテンシャルをもつ逸材である。今回は、パッとしない日常を送るダメダメ女子の趣で、キャラクターとしても共感度抜群。三吉彩花は小学生時代からモデルで活躍する美人界のスーパーエリートだが、今回はその美貌をうまくダウングレードさせて演じており、新たな魅力の引き出しを示した形だ。

彼女とへんてこな旅をつづける羽目になる、インチキ術師のアシスタント役やしろ優も、持ち味をよく発揮した。もともと芸人で、監督は地のままで演じさせたというが完璧だ。笑いと、どこか哀愁を漂わせるキャラクターで、幸福感あふれるラストシーンの複雑な味わいは彼女の力によるところ大きい。

もう一人だけあげるなら、3人目の旅の道連れを演じる路上アーティスト役のchayだ。個人的には彼女の見せ場となる結婚式のシーンが良い。車内での妙に違和感ある会話で伏線を張っておいて、式であの曲のイントロが流れたときは死ぬほど笑った。まあ、笑える人はある種の男性がほとんどで、試写室でも女性はピクリとも笑っていなかったが……。

あのようなキャラクターを、彼女ほど完璧に演じられる役者を私は思いつかない。矢口監督おそるべし、である。ただ一言いうなら、ここはもう少し男を情けない目に合わせて終わらせるほうがよかった。あの展開では少々生々しいため後味がよろしくない。

この映画はあまりにもアイデアとギャグシーンが素晴らしく、出来が良い。こういうよくできた映画の場合、いろいろと口を出したくなるのが我々の性分である。

本作でいうなら、真っ先に挙げるべき改善点はミュージカルシーンであろう。三吉が踊る前半のそれは良かったが、繰り返すたびにアラが目立ってくる。それは、監督のミュージカル演出と三吉の演技力・ダンス力等の限界に起因する。

この作品の持つアイデアを最大限に生かすには、通常のドラマ部分のヒロインのキャラと、踊り始めた時のそれを徹底的にかい離させ、そのギャップで笑わせなくてはならない。

まず、どこかけだるげで、苦りきった顔をしている普段の三吉彩花は完璧である。美人なのにどこか不幸感がある、こういうキャラは好感度が高いし演技もうまい。

ただ、音楽を聴いて激変した後の彼女にははっちゃけぶりがやや足りない。もうちょっと、つき抜けがほしい。表情にも、動きにも、だ。ブロードウェイスターも顔負けの高度なダンスを演出・演技することができていたら、この映画は完璧になったろう。

この点が本作の弱点であることは、プロならばすぐに見抜ける。そして世界一級のミュージカル映画を作るノウハウを持つプロデューサーならば、そこを改善したい、したらとんでもなく化けると必ず思うだろう。だから私は、この映画は絶対にハリウッドその他からリメイク権を買いたがる人が出てきますよと、上映後に関係者に伝えた。

ということで、本作がハリウッド等でリメイクされるニュースはまだ流れてこないが、かならずその日が来ると予言しておく。

日本映画、しかもコメディーで世界に訴えられるアイデアと魅力を持つ作品はそう多くはない。そして、なんといってもこの映画の結末は、日本の枠を超えている。日本社会はもう未来に希望がなく、こうした結末には全く現実味がない。その点、映画に責任はないのだが、日本ではこの結末を見ても爽快感より「でも現実はね……」との悲観的な考えが先に来る。

だがアメリカとか中国のように、今後ものぼり調子の国民がこれをみたら、おそらく拍手喝采。スタンディングオベーションとなるだろう。

その意味では、本作は日本以上に海外に広く訴えられる魅力を持っているともいえる。新潟、弘前、函館、札幌と続く東日本ロードムービーとしての魅力もたっぷりで、海外の人にもできればそのまま味わってもらいたいが、各国でリメイクされても大丈夫なほどの強度と普遍性を持つ物語でもある。このような映画が日本から出てきたことを、私は強く誇りに思う。



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