『ライオン・キング』65点(100点満点中)
監督:ジョン・ファヴロー 声の出演:ドナルド・グローヴァー セス・ローゲン

≪革新性は文句なし100点≫

ジョン・ファヴロー監督は、『ジャングル・ブック』の撮影中、あることを思いついたという。それは、今この目の前にある技術を使って『ライオン・キング』をリメイクできないかというアイデアだ。

『ジャングル・ブック』は、主人公の少年モーグリ以外は全部CGという、アニメなんだか実写なんだかよくわからない(つまり、とんでもなく高度な技術による)作品だったが、なるほどあの映画からモーグリを抜けば、そのまま『ライオン・キング』になるというわけだ。

サバンナのプライドランドに暮らすライオンの子シンバは、偉大なる王にして父ムファサが自分のせいで倒れたと思い込む。それは父の弟スカーによる策略だったのだが、シンバはプライドランドを追われてしまう。やがてイボイノシシのプンバァやミーアキャットのティモンと知り合ったシンバは、争いとは無縁な暮らしの中で成長を遂げる。だが、王となる宿命は彼に大きな試練を与えるのであった。

『ライオン・キング』は、きわめて稀有な、ディズニーアニメの"アニメによるリメイク作品"である。

見た目は実写映画そのものだが、本作には実写映像は監督が遊び心で挿入した冒頭のワンシーンを除いて使用されておらず、事実上のCGアニメ映画と呼ぶほかない。その意味で本作は、近年はやりの「ディズニーアニメの実写版リメイク、または実写化」ではない。完全に一線を画した、重要な位置づけの作品である。

今後ディズニーが、自社のアニメ映画をこの技術を用いてCGアニメとしてリメイクしていくのかどうか、それはわからない。本作をファンがどう受け入れるか、ヒットするか、人間のキャラは技術的にどこまで描けるようになるのか、それによって変わってくるのだろう。

それにしても、私が驚愕したのは、はたしてこの映像は、古びることがあるのだろうかというその点である。

ディズニーアニメは名作揃いだが、さすがの彼らの作品も経年劣化からは逃れられない。それはフィルムの傷などといった話でなく、作品として古臭くなるという意味も含む。オリジナルの94年版でさえ、今見れば古い。動きも、キャラデザインも、何もかもだ。唯一、普遍的なストーリーだけは劣化しないが。

だがこのリメイク版はどうか。

実写らしいゆらぎまでわざわざ加えた「実写っぽいアニメ」である本作は、背景などはプロが見てもCGか否かの判別がつかないレベルにあるという。たしかに、ここまできたらもう人間の目には完全にオーバースペックで、もはや今後50年たっても古く感じないのではないか。それほどの超絶映像である。

あまりに写実的すぎるので、ディズニーアニメの伝統である動物の擬人化も本作は捨て去った。ライオンたちは人間ぽい行動や表情をすることはほとんどなく、生身の動物のようなボディランゲージで感情表現をする。

まるで、よくなついた貴方のウチの子猫のようにライオンたちを手なずけて、彼らに演技をやらせた、そんなように見える。こんな技術が普及したら、もはや動物タレント事務所は廃業である。

ストーリーも演出も基本的には94年版と全く同じで、ヒヒが木の幹に描くシンバの顔までおんなじだ。ファブロー監督が「古い建物の修復作業」と言ったように、そこに新たなアイデアや解釈はほとんどくわえられていない。究極の職人監督に徹したというべきか。

ではどこを変えたのか。それに注目して『ライオン・キング』をみると、ディズニーが自社のコンテンツとキャラクターをどうしていきたいかがよくわかる。

彼らは今回、主要な声優に94年版のように白人ではなくアフリカ系を配役し、2019年以降の、いわゆるポリコレ的な批判にも耐えられるようにした。時代ならではの至らなかった点をまさに「修復」した。それこそが、彼らが今後重点的にやっていく仕事ということだ。映像は先ほど言った通り50年は古びそうにない。ようは、今度のニューカーは、30年くらいは余裕で乗り回せるということ。

アニメをアニメでリメイクすることは、著作権ビジネスの上でも重要なことだ。『魔法にかけられて』のジゼルを正式なディズニープリンセスから外したのは、エイミー・アダムスが演じた実写キャラだったから、というのは有名は話。人間は年を取るし、スキャンダルだっておこしかねない。

つまり実写のリメイクをやっても、キャラクターの維持コストと失うリスクがついて回る。絵で描いたキャラクターなら何百年でも維持できる。100年先を見据えたコンテンツビジネスを行う企業はそのような発想で動いている。そういうことだ。

その意味では、ディズニーの長期戦略においてファブロー監督が『ライオン・キング』で実現した映像技術は、まさに喉から手が出るほど欲しかったものだったのではないか。今後は実写だろうがなんだろうが、劣化しない(しにくい)キャラクターとコンテンツを彼らは手にできる。

映画『ライオン・キング』はまだまだ荒削りで、たとえばあまりに実写に近すぎるために、監督はあえて派手なカメラワークは取り入れなかったし、演出もまたしかりであった。そのため、24コマフルアニメーションの94年版の持っていた躍動感を完全に失う原因になったのも事実である。

だが『ジャングル・ブック』と比べれば、着実に一歩一歩前に進んでいるのもまた確かで、おそらく次回作あたりで、彼はとんでもない傑作をものにするのではないかと私は睨んでいる。

映像革命という点において『ライオン・キング』は後世に残るエポックメイキングである。映画としては決して完成度は高くないが、ディズニーファンは絶対に見逃してはいけない作品といえるだろう。



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