『Diner ダイナー』85点(100点満点中)
監督:蜷川実花 出演:藤原竜也 玉城ティナ

≪才能のぶつかり合い≫

蜷川実花監督は『さくらん』『ヘルタースケルター』など、鮮やかな美的センスの映像美の中で、若い美女を脱がすのがひとつの作風となりつつある。最新作『Diner ダイナー』の中でも彼女は、過去作に劣らぬ魅力的なヒロインを見出している。

オオバカナコ(玉城ティナ)は、間抜けな名前同様、パッとしない人生を歩んできた。典型的な貧困女子であるカナコは、やがて怪しげなバイトに手を染め闇社会の手に落ち、挙句の果てに薄気味悪いダイナーに売られてしまう。そこは客が全員殺し屋という会員制レストランで、シェフは天才と名高い、しかし殺し屋のボンベロ(藤原竜也)という。「皿の置き方一つ間違えれば殺される」この店で、ボンベロのスパルタな教育のもとカナコはウェイトレスとして、いつまで生き延びることができるのか。

豪華絢爛な色彩があふれるダイナーのセットを舞台に、血なまぐさい殺戮劇およびグルメ映像フルコースが堪能できる。貧困女子にはまったくみえない圧倒的美人のヒロイン玉城ティナには、全裸シャワーシーンを演じさせる。まさに蜷川映画ここにあり、だ。

細身できめ細かい肌は、いかにも21歳の若さを感じさせると同時に、いまどきはポリコレ的に、年齢気にせずこんなことをできるのはこの監督くらいだろうと感心させられる。さすがに肝心な部分の露出はないものの、体育座りでつぶれた横胸や背中の細さを映し出し、この子の裸はこんなんですよと全体像をしっかりと観客に把握させる。いまどき珍しい良心的な撮り方といえる。

当サイトの女性読者の減少を最小限にとどめるため、この話題はこのあたりにして次に移ると、この映画には相変わらず驚くほど豪華なキャストが出ていることが目につく。しかし物語に夢中になっていると、どこに出ているのか気づかないほどあっさりしているキャストもいる。意外な人が序盤で退場、なんて展開もある。あくまでこの監督にとってキャストは駒。そんな印象である。

それは平山夢明による原作(小説『ダイナー』)も同じで、映画らしく短時間でまとめてある──ものの、そのアレンジぶりを見るに、そもそもこの監督には、原作ファンを喜ばせようとか、その期待に応えるといった発想はあまりないように感じられる。

ようするに、蜷川実花の表現にもっとも使いやすい原作を見出した、と見たほうがよい。よって、いかに小説および漫画版の魅力をうまく実写化したかとか、あたしのすきなキャラをどう再現したか、なんて一般的な期待は、蜷川映画の場合は一切棄て去るのが正解である。おそらく原作者でさえ、そんなことは期待していないだろうし、していたら彼女に映画化の許可など出すまい。

蜷川実花の作品は個性があまりに強すぎて、豪華キャストも、人気原作も、彼女の色に染められる。彼女のしたいことに材料として提供するといった感じだ。

だがそんな中でも、異様な存在感を示すのが主演、藤原竜也である。彼もまた同様に、出た映画すべて、演じたキャラクターすべてを自分サイドに引き寄せるタイプのスターである。

今回も、蜷川映画にしかなりえないはずの本作において、これを"藤原映画"にまで引き寄せている。

その綱引きは、かろうじて五分五分といったところだが、個人的には藤原優勢といったところ。それほどに、天才シェフにしてなかなか理想的な上司にして殺し屋という、シュールなキャラクターをものにしている。シェフらしい衣装もよく似合う。アクションも恰好いい。

そして、彼らの横綱相撲に突然割り込むのが玉城ティナで、驚くことに正三角形に近いバランスを築き上げようとする。

これはたぶんに監督が玉城をオキニであることが大きいとは思うが、玉城ティナ自身も、頭のねじが外れた人物しか出てこないぶっとんだ本作において唯一の観客の感情移入先として、徐々に成長していく好感度の高い人物を的確に演じて期待に応えた。

こういう映画こそ、才能と才能のぶつかり合いというにふさわしい。アクションシーンの出来だのなんだのは二の次としたくなるほどに、純粋に映画として見ごたえがある。

とはいえ原作、つまりストーリーやキャラクターは本来、映画の7割8割を占めるものだから、そこに大きく期待する原作ファンにとってはきついだろう。そのあたりを考えると、このくらいの点数が妥当なところだ。

ダイナー (ポプラ文庫)
原作。なかなか面白い。
渇望
玉城ティナの読む写真集。マルチな才能を持っているようです。


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