『ヴェノム』70点(100点満点中)
監督:ルーベン・フライシャー 出演:トム・ハーディ ミシェル・ウィリアムズ

≪分断の時代に登場した象徴的なヴィラン≫

ヴェノムはアベンジャーズシリーズで無双っぷりを示しているサノスと並ぶ、マーベルコミック社の誇る強力な悪役(ヴィラン)だ。しかしこの実写映画版は、様々な事情からMCU(マーベルシネマティックユニバース)とは一線を画したソニーズ・ユニバース・オブ・マーベル・キャラクター(SUMC ※以前はソニーマーベルユニバース、SMUと呼称されていた)の第一弾として、つまりアベンジャーズとはいったん無関係に世に出ることになった。

弱者の味方として活躍していたジャーナリストのエディ・ブロック(トム・ハーディ)は、ライフ財団の違法な人体実験の取材でアンタッチャブルに触れ、すべてを失ってしまう。やがて時がたち、自堕落な生活を送るエディの前に財団の内部告発者が現れ、彼に追及してほしいと語るのだが……。

この財団が研究していたのがシンビオートなる地球外生命体。こいつが宿主に寄生すると、おそるべき怪物になってしまうというのがヴェノムの基本設定だ。

原作ではスパイダーマンにおける悪役として登場するが、映画版はそのスパイディとは関係なく誕生する。なので、基本的にはこの映画から見ていただいて大丈夫、一見さん大歓迎なつくりである。MCUについていけていない人も安心である。

また、原作縛りから離れられたおかげで、物語や見せ場はスクリーン映えを第一に、自由につくることができた。それが功をそうして、時代性を適度に反映した、大人から子供まで楽しめる良質なエンタメ映画に仕上がった。

サノスに匹敵する人気ヴィランのヴェノムの強さはさすが半端ないが、シンビオートの特徴として宿主から離れると長くは生きていられない。『寄生獣』のミギーと同じく、スライム並みに弱くなる性質を持っている。

おまけにコイツときたら、自分から弱点をペラペラしゃべる自信過剰ぶりで、案の定それを利用されて痛い目にあうなど、ある意味おっちょこちょいで可愛いキャラクターである。腹が減ると宿主の内臓とか通行人の脳みそを食っちまうなどのおイタをするが、それさえなければ一匹飼ってやってもよさそうである。

そんな奴だから、本作は誰もが序盤に想像する宿主とヴェノムのせめぎあい、体内のエイリアンをどう退治するかといった単純な物語には止まらない。正直、映画の前半は少々退屈だが、ドラマチックなカーチェイスが始まる辺りからどんどん面白くなって行き、クライマックスの戦いは共感度100、とてつもなく盛り上がる。

ピーク・エンドの法則といって、人はクライマックスとラストの印象でその作品を判断する。その点ではこの映画、非常にうまく作られている。

また先ほども書いたが、原作縛りのない本作には、分断、対立、そして共生といった思わせぶりな主題がいくつも暗に示されている。これはトランプイズムに疲弊する米国のリベラル派が好むテーマであり、こうしたエンタメ映画が大ヒットする現状を見ると、おそらく今後も似たようなテーマのハリウッド映画が増えてくるだろう。

本作の主人公は弱き者の代弁者たるジャーナリスト。現代ではこういう人たちはどんどん駆逐され、表舞台からは去った。アメリカのみならず日本でもそれは同じだ。彼らもまた、か弱い存在なのである。

そんな彼らの弱点を最強の寄生獣ヴェノムがカバーしたらどうなるか。

最強の体と強靭な精神力、正義感。そんな存在が登場したら……無意識にでもそんな解釈ができる人にとっては、きっとこの物語は痛快に感じられることだろう。無論、何も考えずに見ても優れた見せ場の数々、今後のSUMCにかけるソニーの意気込みを感じられる勝負作である。とりあえず、見ておいて損はあるまい。

なお、エンドロールの途中には、見逃せないショートムービーが挿入されているので途中で帰ることのないよう。



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