「夜間もやってる保育園」55点(100点満点中)
監督:大宮浩一

タイトル通りのドキュメンタリー

新宿の歌舞伎町の近くに、映画の題名通りの保育園がある。エイビイシイ保育園という、時折メディアにも登場するこの名物園と関係者とともに企画されたドキュメンタリー、それが「夜間もやってる保育園」だ。

映画はオーソドックスに保育園の関係者や園長、通わせている保護者へのインタビューを中心に構成される。そこでの生活、オーガニック食材を使った意外にも充実している食事、夜の園生活、稲刈り遠足などのユニークな試み、学童保育をオープンした裏話、などが次々と映し出される。密着取材をしたんだな、というのがわかる。

背景には、認可された夜間保育園のあまりの少なさと、ニーズの大きさを物語る膨大な数のベビーホテルの存在、という社会問題がある。都市部の人以外にはピンとこないと思うが、夜間に子供を預けたい親はとても多いのである。夜間ワーカーがこれだけ増えているのだから当たり前の話だ。

では実際に夜間保育園では何をしているのか、とくに歌舞伎町近くのそれともなれば相当すごいんじゃないか、というわけである。そういう興味がある人向けの映画といえる。

素材は文句なしに面白い。だがドキュメンタリーとしての出来栄えについてはまだまだだ。

大宮浩一監督は、人がいいのだろうと思うが全体的にツッコミが足りない。かゆいところの周辺をさわさわ触っているような、煮え切らない取材に終始している。

たとえば夜子供を預けている女性が「心苦しさは常にある」と心情を吐露する場面がある。当然こちらは、なぜそこまでして夜預けるのか。ほかに仕事はないのか、分担できないのか、考慮したことはないのかと、こういう疑問を持つがそこには触れない。ABCはじめこうした保護者の受け皿となる夜間保育園の偉業をたたえるのみである。

そのABC保育園が、遠足で子供にけがをさせて親が行政を訴える騒ぎをおこしたことがあったという。そこでもそれがいったいどういう事故だったのか、詳しい顛末を追求しることはない。そういうことがあったという話をして終わり。

また、両親ダブルワークで、えらく散らかった見るからにザ・低所得者な暮らしをしている外国人が出てくる場面。なぜ彼らがそんな生活をしているのか、取材者は突っ込むべきである。給料はいくらなのか、生活費の内訳はどうなのか。

遠慮などしてはいけない。東京のいま、底辺の実態、夜間保育園なんぞに子供を預ける人々の事情、そういうものをただしく伝えてこそその必要性もまた理解される。正しいことをしているのだから引け目を感じることなどないのだ、堂々と聞けばいい。

保育園の園長が企画した映画だから……という事情も分かる。だが徹頭徹尾マンセーするだけでは説得力は弱く、関係者以外の一般人にはプロパガンダに見えてしまう。やはり一度は勇気をもって批判をしないといけない。そうすることでラストの言葉がその反論として圧倒的パワーを持ち、作品としての強度が上がるのである。

この映画に足りないのは、現実に対処している園をたたえつつも、その現実そのものへの批判的視点をぶつける勇気である。なぜなら普通の人々は、「夜間に預けるなんて異常だわ」との思いを多かれ少なかれ持っているからである。そして、その感覚は間違っていない。できれば、こんなものが存在しない社会のほうが望ましいに決まっている。

それでも存在する現実があるならば、それを包み隠さず赤裸々に見せつけたらいいし、それがドキュメンタリー作家の役目であろう。

昼間の保育園すら預けられずにいる親がいるというのに「夜間保育園があったおかげで二人目を生めた」と喜んでいる言葉を聞いたらどう思うか、監督は考えるべきだ。つまり、結果的に昼間の安月給で必死に頑張っている人間たちに、この映画は複雑な思いにさせている側面を考慮すべきだ。

繰り返すが、夜間に子供を預けるというのは普通のことではない。

なにしろ、当の夜間保育園に努める保育士が、映画の中でそういっている。この証言は極めて重大である。

ならば映画人はそこに切り込んでいかなくてはだめだ。この認識がはたして大宮監督にあるのかどうかがはっきりしないため、映画を見ていると不安な気持ちにさせられる。

この保育園には最大限の敬意を表するが、ここに預けざるをえない世の中は改善すべき。そうした視点があったならば、この映画はもっと広く世の中に受け入れられることだろう。

それでも映画は終盤になるにつれ、傾聴に値する証言がいくつもでてくる。とくに子供がこの保育園をどう思っているかとか、子供を産んだ人間に対する社会からの目、評価、そういったものには心動かされるものがあった。

狙いすましたタイミングでかかる坂本九の名曲もいい。この記事では、タイムリーなテーマだからこその注文も多いものの、今後への期待を感じられる作品ではあった。



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