「ソウル・ステーション/パンデミック」70点(100点満点中)
監督:ヨン・サンホ 声の出演:シム・ウンギョン リュ・スンリョン

「新感染〜」の監督の本業たるアニメ版ゾンビ映画

「新感染 ファイナル・エクスプレス」に続き、監督のヨン・サンホ祭りの様相を呈しているが、あちらに続き「ソウル・ステーション/パンデミック」もまたなかなかの佳作である。

ソウル駅をうろつくホームレスの一人がきっかけとなり、周辺に謎のウィルス感染者が大量発生した。感染者はゾンビのように我を失い、人を襲う。ヒモのような彼氏と路地裏の安宿でその日暮らしをしている少女ヘスン(声 シム・ウンギョン)も感染者に襲われ、必死に逃げる羽目に。一方彼氏はヘスンを探しに来たヘスンの父親(声 リュ・スンリョン)と行動を共にすることになる。はたして彼らはこの夜を生き延びられるのだろうか。

ヨン・サンホ監督の本業たるアニメ映画である。ジャンルはゾンビ映画、音楽も内容もロメロ作品をほうふつとさせるが、きっちり韓国らしさを落とし込んであるので実に新鮮。アニメの技術的な意味での出来栄えは日本のそれとは比較にならないが、社会派の見ごたえあるゾンビアクションを見たい人にはベストチョイスとなるだろう。

出てくるキャラクターは韓国のド底辺に生きる労働者階級とホームレスで、みな土気色で生気がなく、ゾンビも一般人も大差ないようにすら見える。一夜のサバイバルを数か所のドラマを同時並行させてみせるハイテンポな演出で、恐怖の見せ場が次々やってくるので退屈はしない。ホラーアニメとして普通に楽しめる。なにしろ"早い"ゾンビだからこわいこわい。背景として描かれるソウルの路地裏にひろがる最底辺層のおそるべき窮状、日常生活も、アニメだというのに妙に生々しく描かれていて興味深いところ。

やがて途中でどんでんがえし的な展開があるが、そこからは社会派監督としての本領発揮、いよいよ本番が始まる感じになる。

テーマはずばり、韓国社会における弱者への無関心についての批判。これだ。

なにしろ冒頭のシーンは監督の実体験。もちろんホームレスがゾンビになるトコじゃなく、倒れている人がホームレスだと知った人々が関心を失い去っていく場面のことだ。ここで早くも提示される作品のテーマは、映画の終盤に向かうほどに色濃くなり、何度も繰り返されてゆく。

このアニメで面白いのは、これほど壮絶に頑張って生に向かっていったものたち、その勇気やドラマでさえ、おそらく誰の関心も呼ばずに忘れ去られていくだろうと思わせるラストと鑑賞後感だ。

登場人物たちはときに英雄的な活躍を見せるが、そんな人物でさえ、誰の心に残ることもなく死んでいく。彼らの物語が、まったく無意味に見えてしまうむなしさ、この感覚は新鮮だ。

まさに持たざる者たちの弱さ、現実の厳しさを感じざるを得ない。どんなに頑張っても、運よく生き延びても、簡単にハッピーエンドを迎えられない点が弱者の弱者たるゆえんということだ。

「PERFECT BLUE パーフェクト ブルー」の言いようのない怖さと、「東京ゴッドファーザーズ」の持つ弱者への温かい視点。「ソウル・ステーション/パンデミック」には、今敏監督の傑作二本の雰囲気を併せ持つ。監督に聞いたら、この2本と今敏監督は、案の定彼の大のお気に入りだそうだ。そうだろうなと思う。

韓国のおそるべき弱者無視の風潮を痛感させられる、アニメ映画の快作。普通にゾンビ映画としても楽しめる。見て損はないだろう。



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