「チェイサー」75点(100点満点中)
監督:ルイス・プリエト 出演:ハル・ベリー セイジ・コレア

子を持つ親に

「チェイサー」は映画会社の破産など不運に見舞われ本国でも上映が延期に延期されたが、この手のトラブルの常で公開後もパッとしない。だが、見てみれば意外な掘り出し物だということがすぐにわかる。

シングルマザーのカーラ(ハル・ベリー)は、公園で目を離した間に息子のフランキーを何者かに連れ去られる。駐車場で拉致の瞬間を目撃した彼女は必死に食い下がり、犯人の車を追跡する。だが追跡中の犯人を止める手段が彼女にはない。そのうちにも相手の車は高速道路に乗ってしまい……。

オープニングから不穏な空気が立ち込め、子のいる親は胃が痛むような94分間を味わうことになる。

うまいのは、最初に母親と子供の幸福そうなホームビデオ映像を流すことで観客に彼女の「弱点」を共有させる点。その先はただの公園の場面さえも、恐ろしくて仕方がなくなる。

これは子育てをしたものならば、大いに共感できる「感覚」だろう。たとえ楽しそうな歓声がひびく公園とて、親たちは一抹の不安を消し去ることなくそこにいるのだ。もしわが子が誘拐されたら、もし遊具から落下して大けがをしたら……。それでも家に閉じ込めておくわけにはいかないから外に出るわけで、この映画にはそういう親たちの不安を代弁した側面がある。

さて、観客の不安は的中し、あわれかわいいフランキーは謎の男に連れ去られてしまう。さっきいたはずのベンチに子供がいないとき、背中を急激に立ち上る恐怖と不安、この映画はよく表現できている。見知らぬ車に子供が強引に乗せられるシーンは実にショックだ。

そこからはハル・ベリーと観客は一体化し、自分ならどうするかを常に考えながら彼女の行動を見守ることになる。このキャラクターは、間抜けすぎず、有能すぎず、バランスのいい人物設定で行動するので興ざめすることはない。あのパニックの中なら、ここまでやれば上出来だ、といううまいラインを保ったまま犯人を追いかける。

残虐描写はないから小学校高学年くらいからいけるし、最後の最後まで緊張感は途切れない。結末はある程度の意外性があるもので、なぜ犯人は最後、あれをしなかったのかと考え出すとまた不気味度が増す仕組み。

この、釈然としない感が残るところがまたいい。アメリカで多発する幼児誘拐は、その全貌も動機も同じようにわけがわからない不気味なもので、その点において身代金目的のビジネスマン誘拐とは大きく異なる。一体犯人は何が目的で子供をさらうのか、金か、性犯罪化、それとも臓器か、あるいは……。

その意味で、幼児誘拐というのはサスペンスであると同時にホラーでもある。だからこの犯人像は決して荒唐無稽とも思えない。

本作のようにリアルタイムで追いかけている場合は、物理的、時間的に警察の助けがなかなか得られない、間に合わないというのも面白い視点。そんなことは誰も想定していないのだから当たり前だが、恐ろしいことである。

「チェイサー」は、バランスのいいサスペンスであり、ノンストップの緊張感を味わえる点で非常に面白い映画である。ゆるみがちな危機意識をひきしめるためにも役に立つだろう。子供を持つ親に、とくに強くすすめておきたい。



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