「スターシップ9」75点(100点満点中)
監督:アテム・クライチェ 出演:クララ・ラゴ アレックス・ゴンサレス

移民問題についても考えさせられる

最近はやりの恋愛工学では、美人に対してほどディスるのが定番の口説き方だが、「スターシップ9」も絶世の美女がつれなくされる場面がたくさん見られる奇妙なドラマである。

超長期で恒星間飛行を続ける宇宙船の中で、およそ20年ほど前に生まれたエレナ(クララ・ラゴ)。最愛の、さらにいえば彼女が唯一見たことがあるにんげんだった両親はもういない。しかも飛行船は吸気システムがトラぶっており酸素は残り少ない。困った彼女のもとにようやく一人のエンジニア(アレックス・ゴンサレス)が到着する。人生初の訪問者を前に、エレナの胸は不思議な期待で高まるのだった。

序盤の最大の見せ場は、宇宙船の中で生まれ両親以外の人間と出会ったことのないエレナが、イケメン技術者のアレックスが眠るベッドに忍び込み自ら迫るセクシーシーンである。

映画史上まれにみる積極的かつエロエロな美人処女を、しかしアレックスは信じられないくらい邪険に扱う。こいつ、間違いなく藤沢数希の本を読んでるよ、と思いつつ先に進むと、やがてとんでもない衝撃シーンがやってくる。これが映画開始20分なのだからこの映画、ただものではない。

この衝撃シーンはセリフもなく、絵だけで見せていく演出がよりショックを強めるもので、この監督がいろいろと「わかっている」ことが映画ファンには知れる。センスある監督の作品が面白くならないわけがないと期待が高まる。

本作はアテム・クライチェ・ルイス=ソリヤ監督によるスペイン/コロンビア合作映画で、全篇スペイン語、コロンビアでロケもおこなっている。

そもそもプロット自体、宇宙船で新天地に向かう、つまり移民の話である。スペインはいま移民問題に悩まされている国の一つで、そうした現実の問題がこうしたSFでは隠されたテーマとなっているのは皆さんもご存知の通り。

さらにSF映画は、世界観の解説・説明の仕方でセンスの良し悪しが如実に出るジャンル。

たとえばこの映画では、エレナが少し前に骨折していることを示す会話をさりげなく挿入することで「その程度は単独で直せる医療機器が船内にある」ことを観客に知らせる。外傷を無人で直せるハイテク医療機器というものを観客に想像させることで、この世界の中でのテクノロジーの進化度合いをそこそこ正確に観客に伝える演出である。さりげないやり方だが、こういうことができる監督をセンスがいい、と普通は称する。

ほかにもインスタント食品に中国語らしきラベルが見えたり、メジャーな清涼涼飲料が冷蔵庫おいてあるあたりも面白い。ちらりとそんなものを見せることで、こちらに色々と想像させてくれる。ふむふむ、チャイナはやっぱり未来も経済大国で有り続けるのかとか、やはりあの企業は当分健在か、とか。

ドラマ面での演出として目を引いたのは、初めてエレナがある場所で「水」を浴びるシーンである。クララ・ラゴに、そこまであえて抑制した演技をさせていたのだなとわかるほどにメリハリある表情の変化。音楽も的確でこの場面は大変感動する。興味ではなく愛となった人間関係の変化を強く印象づける名シーンである。

さて、開始20分でショックシーンといったが、その後も観客をあちこちにふりまわす同レベルの驚きが仕掛けられ、まったく退屈することはない。

ラストもこの監督は、ちゃんと言葉ではなく絵で必要十分な物事を観客に伝え、きっちり結末をつける。

ストーリー全体の解釈としては、恋愛ものとして見る視点ももちろんあろう。私などはそれに加えて移民問題についても考えさせられた。

とくにこの映画がユニークなのは移民問題を移民の側から考え直した点で、それはエレナの選択とか、途中に出てくる医者のセリフに大いに現れている。

安易な考えを戒めるような、その主張がどう受け止められるかはわからないが、移民問題に苦しんでいるスペイン発の作品だと思ってみると、なかなか含蓄があるようにも思える。

今を犠牲にして未来を考える人もいれば、毎日の幸福だけを考えようとするものもいる。どちらが間違っているかは簡単には言えない。どちらも、正しいかもしれない。

「スターシップ9」は、テクニカル的にも良くできているし、意外性と満足感の高いエンディングもすばらしい。この夏見られるSF映画としてはかなり良い部類に入る。

それにしてもNetflixが手がける映画はいま、「BLAME!」にしろこれにしろ、実に勢いがある。もはやそのブランドで見ようと思えるほどである。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.