「心が叫びたがってるんだ。」70点(100点満点中)
監督:熊澤尚人 出演:中島健人 芳根京子

対象客層は違えど出来は良い

「君の名は。」とか「映画 「聲の形」」「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」といった、どこかノスタルジックな切ない系のアニメ映画が最近人気である。「心が叫びたがってるんだ。」は、その一つである同名アニメを実写映画化したドラマである。

あるトラウマから声が出せなくなってしまった成瀬順(芳根京子)。付き合い下手で本音の会話ができない坂上拓実(中島健人)。地域ふれあい交流会の実行委員を任された二人は、改めて互いを知るうちに、少しずつ心を開きあうようになる。実行委員には元野球部エースだがひじを故障して以来前に進めなくなってしまった田崎大樹、一見優等生に見えるチアリーダー部長の仁藤菜月も加わるが、ぎこちない彼ら4人はなかなか本音で話すことができないのだった。

学園を舞台にした群像ドラマ。予算面などから見ても、これをアニメだけにして実写で撮らない理由はほとんど見当たらない。ジョジョだの銀魂だのを実写化するよりはよほど順当な企画といえる。

では実写にしたらどうなったか。

面白いことに、アニメ版とは大きく印象が異なるのである。

具体的には、いろいろな面で実写版は生々しく感じられる。たとえばラブホ廃墟のシーンなどは、思った以上に廃墟のもつ負のパワーが大きく、2人のドラマに集中しにくい。

廃墟マニアの友人に持ち、自身も巨大廃墟を探検したりする私から言わせてもらうと、やはりあのような場所であのようなやり取りをするのはあまりに非現実的に見える。廃墟というのは治安当局の影響力が及ばぬ空白地であり、平和国家日本に暮らす者がそこに足を踏み入れるのは、想像以上の恐怖と勇気を必要とする。美術さんや照明さんがそうした廃墟の持つハードな空気をやわらげようとしているのはわかるのだが、やはり気にはなる。

あとは、中島健人の歌声がどこかアイドルグループ風の歌唱法になっている点も、細かいようだが作品世界への没頭を邪魔する。

また、なによりイケメン&美女による恋愛ドラマはあまりにも性と生のエネルギーに満ち溢れていて受け止める側にもそれなりの精神的パワーを要求する。

こうしてみると、アニメーションという技術は現実の生臭さを見事に消し去りファンタジー化させる役割を果たしていることがよくわかる。と同時にそれは、この手の切ない系アニメが好きなオタク層の感受性を保護する強力なフィルターの役割をも担うということである。

おそらくだが、本作のアニメ版をみる際には、観客はこの素敵な学園体験を疑似体験──とまではいかないにせよ、世界観に没頭することで幸福感を味わえるのではないか。

ところが実写版をみると、そこにあるのはむき出しの男女の交流、からみあいである。映画界一のモテ男こと私のように10代から男女仲良く過ごした経験があるリア充たちには、当然ながら強力なノスタルジーを湧き起こす効果があるが、そうでない者にはかなりキツイのではないか。なお私は10代からのモテ男ではあるが、反対側の人々の気持ちも理解する能力を併せ持っているだけなので誤解せぬよう。

さて、そんなアニメと実写版の違いの中、芳根京子はなかなかユニークな役作りで両者のギャップを埋める役割を果たした。彼女の、ときにややオーバーアクトな、そしてかわいらしい動きはまるでアニメキャラそのもの。

漫画の実写版を演じた俳優に私は何人かインタビューしたことがあるが、彼らのうち何人かは原作漫画とともにアニメ版を参考に演技の練習をしたと語っていた。特に若い世代の役者にとってはそれが直感的にやりやすいのかもしれないが、それにしても芳根京子はそんなレベルを超え、自分をアニメ化する離れ業を見せている。大した女優である。

彼女以外にもこの映画、とくに主要キャストすべてが作品の魅力を表現できており完璧に近い。わきを固める役者たちも同じくらい素晴らしい。

個人的に特に良いと思うのは菜月役の石井杏奈である。芳根のようなわかりやすい美少女とは違うものの、彼女が終盤に見せるキラー笑顔の魅力は相当なものがある。芳根と恋のライバルとなる点において、大いなる説得力を感じさせる。この二人ならこっちを選ぶな、と思う男性も多いだろう。人気者だが、これからさらに彼女を使いたがる監督さんが増えてくるだろう。

結論としては、実写ならではのノーフィルターなリア充向けドラマになってはいるが、アニメ版に負けず劣らずの出来。またその違いを制作陣もよくわかっており、実写版のほうはちゃんと普通の女性向けのキャスティングになっている。彼らが完璧に近い仕事をしており、普通の映画として見ても全く不安がない。

客層は違えど、個人的にはおすすめできる仕上がりと判断する。



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