「ビニー/信じる男」65点(100点満点中)
監督:ベン・ヤンガー 出演:マイルズ・テラー アーロン・エッカート
異色のボクシング映画
実話の映画化である「ビニー/信じる男」は、数あるボクシング映画の中でも怪我による挫折をテーマにした作品。スポーツ映画としては特殊だが、その特殊性が世の中の病や怪我に苦しむすべての人にとっては普遍性となっている。
血気盛んなボクサーのビニー・パジェンサ(マイルズ・テラー)は、十分すぎる闘志が空回りして引退目前まで落ちぶれていた。新たに雇ったトレーナーのケビン(アーロン・エッカート)はそんな彼を鍛えなおし、ビニーは見事に復活を遂げる。だがその直後、彼は交通事故に遭遇、頚椎骨折の重傷を負ってしまう。
ボクサーにとってメジャーだが致命的な怪我といえば網膜剥離だが、ビニーの頚椎骨折というのはそれ以上の衝撃である。ボクシングどころではない、二度と歩けないといわれてしまうほどの重傷。よくぞ生きていたと思うような重大事故である。
映画はそんな彼が再びリングに立つまでの知られざる物語を、抑制のきいた誠実さあふれる演出でみせる感動ドラマである。低予算作品だがマイルズ・テラーは可能な限りの役作りをして本作に挑んでいるのがわかる。体脂肪率の低い体、ボクシングの技術、労働者風の語り口。役者が身を削って真剣に取り組んだ映画は、やはり見るものに訴える力が違う。
事故後、ビニーはハローとよばれる金属製の頚椎固定器具を、頭に直接ねじ止めする手術で装着する。衝撃の事故シーンを上回るほどの、ショッキングかつ痛々しい場面である。
その見た目は観客および当時のファンの希望を打ち砕くに十分。映画的には女の子とセックスしようとしていわれるセリフによって、それは表現される。さらに亀田父のごときステージパパがすっかり老け込んでしまう様子と同様、わかりやすく、そして残酷な演出だ。
このあとは敵ではなく怪我との戦いになるが、ボクサーでなくとも同じような境遇の人がこれを見ると、大いに共感できる部分が多いだろうと思う。同時に、自信と勇気をもらえるに違いない。
エンドロール後にビニー本人が録画映像で語るセリフは、病気と闘うすべての患者が知るべき真実であり心構えであろうと私は思う。
映画の見せ場は最初のベンチプレスの場面、そして11ラウンド後のトレーナーが飛ばす檄のシーンである。涙なしには見られないこと確実。ボクシング映画の醍醐味というやつである。
史実と比べると、試合経過をアレンジするなどけっこうな脚色が加えられているが、映画の完成度を高める目的に合致した変更であり全く問題はないと私は考える。
伝記映画ではあるが、本作にはいま生きる人たちへ向けた明確なメッセージがあり、それはちゃんと伝わってくる。
スポーツ映画というより、闘病映画、とでもいいたくなるような印象だが、いずれにせよよくできた作品といえる。