「ちょっと今から仕事やめてくる」55点(100点満点中)
監督:成島出 出演:福士蒼汰 工藤阿須加

始まる前から意味深

「ちょっと今から仕事やめてくる」は、それこそ本編が始まる前から誰もがおやっ?と思う、そんな要素を持った映画である。そういう仕掛けはやりようによってはとても効果があるのだが、この映画はそのあたりがうまくない。ミステリ好きのいち鑑賞者としては、少々残念である。

ブラック会社のサディスティックな上司(吉田鋼太郎)から、日々激烈なパワハラ虐待を受けている新入社員の青山隆(工藤阿須加)。150時間を超えるサービス残業、無謀なノルマ、無意味な朝礼や社訓。常軌を逸した雰囲気の職場の中、隆は疲れ果て駅のホームに入構した電車に思わず倒れこんでしまう。だが衝突の直前、小学生時代の同級生ヤマモト(福士蒼汰)が彼の腕を力強く引くのだった。

第21回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞した北川恵海の小説を、プロデューサーが読んだ瞬間思いついたという主演二人で映画化。いわゆるブラック企業に勤めて疲弊した若者が、人生をズタズタにされる現代的なドラマである。

私が勤め人をやめたのはもう15年ほども前になるから、最新の状況とは違うかもしれないが、あのころもこうした職場は腐るほどあった。というより、専門的能力を有さない労働者が中途採用で、それもコネではなく就職情報誌などでみつける求人広告の大半がこうしたブラック会社か、あるいはまともな暮らしもできない薄給、待遇のそれであったように思う。こういう映画や小説が登場するところを見ると、状況は大して変わっていないのだろう。

それも当然、日本という国の、これは構造的な問題だからである。

日本は奇妙な国で、全体の4分の1ほどを占める大企業の労働者が、それ以外の労働者と経営者を搾取する構造となっている。もちろん、どちらの企業で働いている人たちもそんな事は思ってもいないだろうが、客観的にみればそう結論づけるしかない社会構造になっている。

こういう特殊な社会を、資本家と労働者の対立構図、といった海外発の古びた物差しではかることは不可能である。そこにこの国の労働問題の本質はないのだから。

この国では欧米その他の社会とは微妙に異なり、大企業労働者とそれ以外の労働者(経営者含む)の間に、目に見えにくいが激しい待遇差=高い壁が存在する。そのため両者はたとえ同じ労働者階級であっても、社会問題を共有することすらできない。お互いが置かれた状況への理解が著しく低い。ここに日本社会の大きな問題がある。

こういう社会では、大企業以外の会社は必然的にブラック気質とならざるを得ない。そうでなければ会社自体が生き残ることができないからである。

少々雑な言い方をすれば、日本という国は、大企業以外の会社が総ブラック化し、そこに勤める労働者が激しく搾取されることで戦後数十年間、なんとか国際的競争力を保ってきたのである。

だからこそ、国全体で見れば世界中が驚くような高度成長をとげていても、それに見合った人生の豊かさを、ごく普通の労働者たちがいつまでたっても得られないのである。

「ちょっと今から仕事やめてくる」は、こうした日本の労働問題の本質に、不完全ではあるが触れている。それは、会社の中で意外な人物が実は悲惨な境遇に置かれていることをちゃんと描いているからである。

この映画の前半では、ブラック企業を経験した人ならば胃が痛くなるような苦しみ、つらさをいくつかうまく表現できている。コメディっぽくもあるが決して笑っては済まされない、シリアスな視点がしっかりとある。とても良いことだ。

ただ、もう一つの大事なテーマである人生さがしのパート。人間ドラマの部分はどうだろう。

成島出監督は若くして親友の自殺を経験したという。だからなのか、類似の物語である本作への思い入れが、やや過剰に感じられる。具体的には、後半部分の説明過剰なシーン演出にそれは如実である。

中でも最大のカタルシスを感じるシーンの後が、あまりに時間的に長すぎ、蛇足感すら感じ始めてしまう。ラストシーンにしても、もうすこし距離をとって省略なりをすれば余韻を残す事ができるのにと残念に思う。

仮に、前半の労働問題部分のほうにより強い思い入れを持つ監督が本作を作ったなら、相当違ったカラーになっただろうと想像する。私としては、社会的意義の見地からもそうした「ちょっと今から……」を見てみたかったが、これはコンセプトの好みの問題なので評価には影響しない。

最後に、工藤阿須加の、みるからに生真面目ですべてを抱え込んでしまいそうなキャラクター、福士蒼汰のどこか闇を抱えた笑顔。二人の役作りと演技は大健闘と記しておきたい。

映画自体は脚本細部に荒っぽい部分が多い。とくに、あそこまで行かなければ救いがないのかと思われかねない展開は、人々を励ましたいはずの作り手の意図とは真逆に受け取られてしまう恐れがあると個人的には危惧している。

それでも、役者たちの健闘で引き込まれる。ネット掲示板みたいな軽いタイトルだが決して中身はそうした軽薄なものではない。



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