「イップ・マン 継承」75点(100点満点中)
監督:ウィルソン・イップ 出演:ドニー・イェン マックス・チャン
カンフー映画最高峰
いまクンフーアクションをやらせたら、ドニー・イェンは明らかにトップスターであろう。ただ、日本での一般的知名度は残念ながらあまり高くはない。「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」など近年はハリウッドの話題作での活躍も目立つが、そもそも洋画じたいが冬の時代なので、なかなか浸透しない。
ブルース・リーの師匠としても知られる詠春拳の達人イップマン(ドニー・イェン)が静かに妻子と暮らす街に、悪徳不動産業者フランク(マイク・タイソン)が目を付けた。強引な地上げを行おうとする彼らを、イップは息子の同級生の父親チョン(マックス・チャン)と協力して何とか一度は退ける。
さて、そんなドニー・イェンだが彼の魅力を味わうにはこのイップマンシリーズはうってつけである。
何しろブルース・リーの師匠の伝記ものだから格闘アクションへの力の入れ方が違う。まず、アクション重視だからエンタメ性が非常に高い。史実映画の範疇に入れていいかは微妙なものの、比較的シリアスな味付けなのもいい。おかげで相当ストリクトな、本気度の高い仕上がりとなっている。
それぞれの格闘場面はワイヤーワークなども使ってはいるが、さほど荒唐無稽に見えることはない。なのに香港映画らしいケレン味はたっぷり味わえるよう、絶妙なバランスで演出されている。
その最たるものが、敵のボス的存在を演じるマイク・タイソンとドニー・イェンのガチ対決。
事前に「マイク・タイソンは友情出演程度だよ」などと噂を聞いていたがとんでもない。二人の対決は時間的にも質的にも十分な見せ場になっており、大いに見ごたえがある。
単なる異種格闘技戦というわけではない。どちらも本物の動きを体得したアスリートであるから一味もふた味も違う。それは実際に拳を交えるショット以上に、ちょっとした間合いの詰め方だとか、首の動きでのフェイントのかけ方とか、演出しきれない細部に現れている。
とくに、タイソンの筋肉ダルマのような体型から繰り出されるショートフックや連打の重厚感ときたら、ただのミット打ちが見せ場になってしまうレベル。大げさすぎる重低音の効果音がまたいい感じである。あれはもう、ジャブなどではなく大砲。大砲を毎秒4発か5発ぶち込んでくる。さすがのドニーも押されっぱなしだがそれも当然。はたして二人の対戦結果やいかに。
ちなみに、これほどすごいこのバトルは映画の見せ場的にはまだ中盤に位置する。つまり、それ以上にエモーショナルかつエキサイティングな格闘アクションが残っているということ。これはお得感があろう。
イップマンシリーズは本国では大ヒットしているドル箱シリーズなので、予算もスタッフも比較的余裕がある布陣。演出も一流のそれだ。
たとえばエレベーターで主人公が強敵とあいまみえる場面。ウィルソン・イップ監督は、決してすぐに戦いを始めるようなアメリカ映画的な真似はしない。この監督は、アクションシーンに必然性とドラマを見出すことの大切さを日ごろから公言している監督なので、こういうところは安心してみていられる。
この監督は、確実にこのエレベーターはやばい、今から死をかけた戦いが始まるぞという空気をまずは作り出す。荷物をさりげなく妻に渡すカットをはさむなど、場をしっかりと温め、観客の期待を高め、十分に期待を引っ張ってからコトを始める。
すべてのアクションシークエンスが、こうした細やかな心遣いのもとに設計されている。アクションシーンをコース料理のように並べ立てるのみならず、その料理一つ一つがミニコースのようにストーリーを持っている。
カメラのとり方も工夫が凝らされ、香港映画界の伝統の積み重ねを感じさせる。まさに芸術的、見事なものだ。
「イップ・マン 継承」は、現在見られるクンフー映画としては間違いなく最高峰だろう。テンポもいいし、ドラマもいいし、キャラクターも立っている。主人公が人格者で、気持ちのいい生き方をしているのも好感が持てる。吹替版があれば子どもたちにも見せたいくらい模範的だ。
シリーズものだからできれば前作までも先に見てほしいが、一見さんでもさほど問題はない。知らないキャラクターが出てきて内輪受けみたいなことを繰り広げることは一切ないので、その意味では非常に親切な作りといえる。