「メッセージ」70点(100点満点中)
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 出演:エイミー・アダムス ジェレミー・レナー

希望の薄い未来しかない時代ならでは

「メッセージ」という邦題は、原作小説のタイトルとも本国の映画題とも異なる。内容とともに一番訴えたいテーマが微妙にそれぞれ違っていると考えると、中々興味深い。

あるとき、巨大な宇宙船が地球上に現れる。アメリカでは言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)が政府に呼び出され、宇宙船の目的を知るために交信すべく、言語を解明する任務を与えられる。

ソニー・ピクチャーズ試写室が気前よく大音量を振る舞ってくれたおかげで、序盤の軍用機飛来の場面から、椅子から飛び上がるような迫力である。本物としか思えないサウンドデザインからは、9.11とか3.11といった、大変なことが起きた感が実感を持って感じられる。

その緊張感に引き込まれ、かつそれを保ったまま物語は進む。見たこともない種族との遭遇。彼らの通訳を頼まれた言語学者。彼女の脳裏にちらつく、我が子におきた恐ろしい出来事……。

序盤からいろいろと伏線が貼られているが、とりあえずエイリアン襲来の本筋が面白すぎてまったく意識に残らない。未知なる言語にプロの学者はどうアプローチするのか。これが正しいかどうかは想像もできないが、中々のリアリティを持ってそのチャレンジは前に進んでゆく。はたしてタコさん星人は、人類の敵か、味方か。

この映画を見ていると、意思疎通というものがいかに大事かがよくわかる。疑心暗鬼になれば、劇中の中国のように軍事的に暴発する。彼らはやめときゃいいのにエイリアンにご自慢の空母艦隊を差し向ける。

本来外交の常識としては、敵対する組織・国に対する交渉のパイプほど、絶対に失わないようにしなくてはならない。キューバ危機など過去の戦争例を出すまでもなく、それは普遍的な真理である。だが、ここで中国が示すのはそれだけではダメだ、という別の視点である。

こうした表面的な主張も面白いのだが、さらに本作の場合はその裏に隠れたもう一つのテーマ。こちらに私は心惹かれた。

この映画は、真相を知ってから二度見たら大きくその印象が変わるタイプの物語。質もいいからリピートする価値もある。

ここで思うのは、ルイーズが最後に迫られる選択の意味と、彼女の行動で作り手が伝えようとするメッセージの重要性である。

彼女は翻訳を繰り返し、最後にある法則、いやパワーというべきか、とにかくなにか大事なものを得るが、これは決して絵空事とは言い切れない。

彼女のように、あることを知った上でどちらかを選ばなくてはならないケースというものが、現実に存在するからである。

あまり詳細な具体例を上げるとネタバレになりかねないのでやめておくが、たとえば出産であるとか、医療の現場でよくこうした選択肢は登場する。

というわけで、彼女がイアンに問いかけるメッセージ、それがまさに本作のキモと言える。

ここで彼女は何を選んだか。なぜそれを選んだのか。その理由は要するに彼女が、"瞬間"の素晴らしさというものを知ったからではないか。そしてそれこそが、現実世界で選択の苦しみに悩み続ける全ての人の救いとなる仕組みである。

ここで明らかになるのは、「メッセージ」は、未来に不安を持つ人すべてを励ます映画であるということだ。まさに、未来に希望などない時代ならでは。現代だからこそ登場した映画であるといえるだろう。

それでもこの暖かい語り口はどうだろう。実に力強く素晴らしいではないか。ただ同時に、こういうものが生み出される現代社会の闇というものを感じ、いたたまれなくもなる。

たしかに、ここに出てくるエイリアンのやることはどうもまわりくどく、突っ込みたくなる部分もある。だがこうしたテーマ性、途中の緊張感、キャストが良いためにさほどマイナスには感じない。

とくに、映画の中からなにがしかの主張を受け取ろうという大人のSFファンなら、きっと「メッセージ」は十分な満足を与えてくれるだろう。



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