「美女と野獣」60点(100点満点中)
監督:ビル・コンドン 出演:エマ・ワトソン ダン・スティーヴンス

リア充向けおとぎ話

フランス発の原作で、これまで何度も映画、アニメ化されている「美女と野獣」。2017年実写版である本作は、日本でもヒットした91年版のディズニーアニメ版を実写リメイクしたもの。アニメ版と同じシーンがあったり、LGBTのキャラクターが出てきたりと何かと話題になっている作品である。

傲慢だった王子(ダン・スティーヴンス)は、魔女の呪いで野獣に変えられてしまう。呪いを解くにはある一本のバラが散るまでに、野獣である自分を本気で愛してくれる女性を見つけること。だが、醜い野獣を愛するどころか、今では近づくものさえいない。かつての使用人たちも、日用品に姿を変えられてしまい、今では城そのものがまるで廃墟のようにひと気のない有様であった。

自他ともに認めるイケメンで他人の心に注意を払わず生きてきた王子が、この上なくブサイクに変えられてしまいやがて悔い改める有名なロマンスだ。

この後、アニメ版同様、ベル(エマ・ワトソン)という見た目も心もきれいな女の子が現れる。城のバラを盗もうとして野獣に捕らえられた父親の身代わりに自分の命を投げ出すベルを見て、野獣はやがて興味以上の感情を抱いてゆく。

さて、まず大事なことは小さい子供以外は迷わず字幕版を見よ、ということだ。この映画はミュージカル仕立てで、歌詞にもストーリー進行にとって意味がある。だから歌部分も全部日本語吹き替えになっている。だが多くの人にとってはエマ・ワトソンの歌声も大きな見どころだろう。「ムーラン・ルージュ」のような「歌部分だけは生声」ではないので、その点はご注意を。

また、終盤の感動的なクライマックスシーンで違和感を感じるというのもよろしくない。人は声質でだいたい人種や年齢を推定できるものだが、吹き替え版だとそれが不可能であり、そのことが感動をスポイルしてしまう。これはちょいとまずい。

さて、「美女と野獣」は数あるディズニーアニメの中でもトップクラスに偽善くさい話なわけだが、いかにディズニー謹製とはいえ実写で見ると余計に生々しく感じられる。だから「シュレック」なんてのが作られたのだろうというわけだが、こうしたことを考えてしまうのも、今の日本が不況時代だからだ。

野獣の見た目だがオンナができたのは、どうせでっかいお城に住んでいたからだろう。ベルが肖像画のイケメンぶりをチラリと見たからだろう。いまどきの若者はそんな風に思うのではないか。だいたい結婚ワードと経済力がいまほど直結する時代はない。少なくとも日本においては。

つくづくこのストーリーは、好景気で能天気な時代にこそ合うおとぎ話だなと痛感する。アニメ版は91年に作られ、日本でもバブルの残り香があった頃だからまだよかった。しかしこの2017年に、アニメ以上に生々しい実写版を日本人はどう受け取るか。なかなか興味深いことだ。

エマ・ワトソンは、ベルという強いヒロインを演じるにはぴったりで、おそらく運動家やフェミニストとしての顔を持つ自身とも自然にリンクして演じられたことだろう。私はまだその歌声を聴いていないのでそこは何も言えないのだが、衣装もお化粧の厚さもゴージャスで目の保養になる。

なお、この映画にはベルにちょっかいを出すいやな奴=ガストンの友人の役回りで、ゲイキャラが登場している。ただの友人というにはいささか親密な雰囲気で、彼がガストンに片思いしている感が感じられる。ガストンは本当にろくでもないやつだが、こういう関係性の彼がいるため、孤立することがない。なかなかうまい設定である。

私はディズニー作品を全部見ているわけではないので正確にはわからないが、ゲイのキャラクターが出るのは史上初だという。エマ・ワトソンが起用された点と合わせて、なかなか進歩的な印象を与えるニュースである。

アナ雪にも感じられたLGBTムードを、さらにちょっぴり強めた程度の扱いだが、ディズニー側はおそらく様子を見ながらこの流れを加速させてゆくのだろう。上映差し止めなど反対する団体や国もあるようだが、そうした抵抗もそのうち淘汰されるはずだ。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.