「夜は短し歩けよ乙女」60点(100点満点中)
監督:湯浅政明 声の出演:星野源 花澤香菜

強烈な才気

湯浅政明監督13年ぶりの劇場用長編アニメ映画である「夜は短し歩けよ乙女」は、普通の作品じゃ飽き足らないマニア向けの斬新なアニメーション作品である。

京都の大学で自堕落な日々を過ごす"先輩"は、サークルのかわいい後輩"黒髪の乙女"にずっと恋心を抱いていた。でも先輩は、思いが強すぎて延々と遠回しに距離を縮めようとするばかり。ところがたくさんのお酒と偶然に満ちたある夜、いよいよ運命の事件が起こるのだった。

他に類を見ない世界観と見た目、素っ頓狂な展開。そういうものに期待して出かけるべき作品である。13年ぶりの長編というが、まさにそのくらいレアな、めったにこういう作品は世に出てこない。特異なアニメと言えるだろう。

森見登美彦の原作小説の要素もたぶんに含まれるとはいえ、セリフ回しのユニークさ、トリップ感あふれる絵柄と動き、シュールすぎる展開など、よくぞこんなものを思いつくものだと圧倒される。ものすごい才能というほかはない。

ただしそれは年に何本も映画やアニメを見ている人にこそ凄さがわかるもので、万人受けとは対極にある種類の面白さでもある。

そもそも現状では監督の圧倒的パワーを叩きつけられていると言った状況であり、観客の求めるものがそれと一致するケースはめったにあるまい。

たとえば作品の特徴の一つである詭弁的言い回しの応酬にしても、その魅力はあまり伝わってこない。笑いのための間と、本作の速度感が大きくずれているからだ。

面白いことを言っているのはわかるし、そのためのロジカルなやり取りをしているのもわかる。だが、爆笑は巻き起こることなく客席は沈黙している。

というのも、スピードが早すぎて、観客は猛然とそれらが目の前を過ぎ去ってゆくのを圧倒される思いで眺めていることしかできないのである。

これだけ登場人物たちがメチャクチャをして、最後にきっちり着地させるストーリーテラーとしての力は見事。なのに、気軽に誰にでもすすめる訳にはいかないのもまた事実。これは紹介者としては残念な思いである。

結局のところ、長所である畳み掛けるようなスピード感、止まる場所のない疾走感、そういう盛り込みまくりな作風のため、切り捨てたものが多かったと感じざるを得ない。

本作が、適切な"笑いの間"というものを兼ね備えていたら、おそらく大変な傑作になったと思う。次回作は、できれば我々凡人のペースも多少考慮して調整していただけたらと思う。時間の濃縮還元原液のような猛烈な作風を残したまま、ライトユーザーを取り込むことができたら、きっと湯浅アニメは社会問題になるくらいのムーブメントを起こすことができるだろう。そんなポテンシャルを感じる一本であった。



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