「ハードコア」90点(100点満点中)
監督:イリヤ・ナイシュラー 出演:シャールト・コプリー ダニーラ・コズロフスキー
創意工夫を感じられる新鮮な主観映像
POV映画は数あれど「ハードコア」の斬新さは映画史上最高と言ってよい。イリヤ・ナイシュラー監督は初のPOV映画といわれる「湖中の女」(46年 米)を始め、過去作品を徹底的に研究したのだろう。それらを凌駕するクオリティのものを作り上げ、ここで世に出した。これぞまさに責任ある生産者の鑑、下町の良心的な職人のような映画監督である。
ヘンリーは奇妙な実験室ような場所で目が覚める。目の前には愛妻のエステル(ヘイリー・ベネット)がおり、自分に機械の手足を装着しようとしている。どうやらサイボーグ手術を受けているようだ。だが声帯を取り付ける直前、謎の超能力者軍団の襲撃を受け、妻を奪われてしまう。声と生身の肉体を失った代わりに超人的な身体能力を得たヘンリーの、執念の追跡劇が今始まる。
一言で言って、本作の映像づくりは見事なまでの創意工夫というほかはない。アイデアの源はいろいろあれど、過去作品に流されず自分の中でしっかりと消化し、オリジナリティとして出せたのは監督の手腕として高く評価すべきポイントである。
また、予算節約のための工夫も随所で見られる。まず本作のVFXははオープンソースのアプリケーションで作られているし、主人公は主観映像だから役者が演じる必要がない。監督やスタントマンが必要に応じて演じている。パルクールアクションにおけるワイヤーワークも、CGで後からワイヤーを消す必要がない。
お金をかけなくても工夫次第でこれほどのものが作れるというのは、あとに続くクリエイターにとって心強いものがある。
主人公はボイス機能を搭載する前に街に放り出されてしまうので、まったく話すシーンがない。このアイデアがまた没頭感を高めてくれる。画面に次々と現れる謎の人たちが話しかけてくるが、それを聞きながらヘンリーは先へ進む。ときに彼らはヘンリーを助け、導き、ヒントを与える。まさにアドベンチャーゲームそのものだ。
この視点は、街中を跳び回るパルクールシーンのみならず、サイドカーにのって並走車を銃撃するカーチェイス、サイボーグ能力をもってしてもかなわない超能力者との戦いなど、あらゆる見せ場でその効能を痛感する。流行もすたれてきた感があるPOV映画だが、これほどに面白いものだったのか。
注意点としては、まず白昼の陽光のもとでバンバン人体破壊描写が出てくるのでグロ系が苦手な人や子供は鑑賞不可だということ。次に、相当さじ加減を研究しているとは言え、激しく画面が揺れるので酔う人が少なくないだろうということだ。客席の前半分には座らないことをお勧めする。
ここでいう「研究」成果を感じさせるのは、それぞれのアクションシーンは本当に素晴らしいものばかりなのに、あえて腹八分目で次の場面へと移る点。脳みそと眼球を休憩させる意味合いと、決して途中で満腹にさせないためのこれは工夫だろう。何度も似たような映像を作っているこの監督ならではの経験が生きている。
そして、この工夫があるからこの映画には、「あのシーンを見たいからもう一度行きたい」と思わせる魅力がある。そういうアクションがいくつもある。確実にリピーターが多数誕生するだろうと私は思う。こういった作り方もまた目からウロコ、である。個人的にも大爆笑したクイーンが流れるシークエンス、あの痛快感を味わうためにきっともう一度劇場へ行くだろう。
しゃべれない主人公なのに、いやそもそも顔すら見えぬ主人公なのに、やがて感情を感じさせるあたりもお見事。別の人物と、ちゃんと友情や愛情を感じさせるドラマを演じているのだから恐れ入る。
「ハードコア」は、一人称視点の映画としては最高峰の高みに達しており、今後はこの監督はこのジャンルの大家として映画界に君臨することになるだろう。今後のフォロアーはこれだけの作品を超えなくてはならない。いきなりハードルを高飛びのバー並みに上げてしまったのだから、ある意味罪作りである。