「ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜」65点(100点満点中)
監督:神山健治 声の出演:高畑充希 江口洋介
特盛高品質アニメーション
アニメーションの魅力は多々あれど、実写以上に目立つのが背景美術であろう。群を抜いたクオリティの背景があったから、ジブリも新海誠も、そして本作の神山健治監督の作品も根強い支持者がいる。
2020年、東京五輪直前の倉敷。女子高生のココネ(声:高畑充希)は自動車修理業を営む不愛想な、だけどカッコいい父親(声:江口洋介)と二人暮らし。同じ家にいても会話はスマホのアプリ越しだったが、それなりに調和のとれた、仲のいい父娘だった。ところがあるとき父が警察に逮捕されてしまう。ココネはそのとき、自分が最近昼寝中に繰り返し見ている夢が、この状況を打開する大きなヒントになっていることに気付くのだった。
神山健治監督は背景美術出身のアニメ監督である。過去には「攻殻機動隊」のテレビシリーズや「東のエデン」といった作品で、熱狂的なファンを増やしてきた。
ロードムービーである本作も、背景に流れる日本各地の風景は、それだけで劇場で見る価値を見いだせるほどに心に染み入る。純粋に絵がきれいなアニメーションというのは、それだけで人を呼べる。大ヒット中の新海誠監督のアニメも、だれが見てもわかりやすい綺麗さがあったから広く受け入れられた。
本作は違うが、たとえ絵以外の要素がイマイチだったとしてもこれなら少なくとも損した気分にはならない。そんな保証付きの安心感が、近年アニメ映画が好まれる理由の一つであろう。不況時代に人は映画でギャンブルなどしない。安定の一強興行、もしくはアニメ志向になるのは自然の流れである。それほど日本のアニメーションの品質が高いという意味でもある。
さてこの「ひるね姫」だが、そんなわけで見た目および音楽の品質は極めて高い。ただ、若い人はともかく私のような中年のおっさんにはこの満艦飾なストーリーは少々胃もたれするのも正直なところ。
ロボットアニメ、美少女アクション、幼馴染フェチ、田舎暮らし、バイクやメカ、自動運転技術、出生の秘密、ロードムービー、ネットSNSなどなど、もう途中でお腹いっぱいである。
とくに男の子の興味があることを詰め込みすぎて、いったいどこに集中したらいのかと思うくらいだし、相対的にそれぞれの魅力のエッジが削られ目立たなくなってしまっている。そんな印象がある。
たとえば、夢と現実を行ったり来たりしているだけでも派手な話なのに、そこにソフトウェアvs.ハードウェアの新旧産業の対立ドラマがあったりする。社会問題を取り込む懐の深さはこの監督らしいものの、もう少し整理して見せてくれたらと思う。
発達した都市の中にも、どこか素朴でノスタルジックな日本らしさを感じさせる本作の素晴らしい背景に、この特盛りは似合わないというのが私の見立てである。
ドラマとしても、もう少しじっくりと幼馴染ネタを描いてほしかったし、そうすればサイドカーのシーンの胸キュン度も上がり、名場面になったであろうと想像する。現状だとこの時点では観客の気分がさほど盛り上がっておらず、駆け足だなと感じてしまう。
とはいえ、実写でこの話をやったらきっとここまで没頭はできなかったろう。実写では予算等の制限で出来ないことをアニメでやってやろう、そんな作家魂を感じられるのは本作の美点である。これをみると、まだまだ日本アニメの快進撃は続きそうとの思いを新たにする。