「ウィーナー 懲りない男の選挙ウォーズ」60点(100点満点中)
監督:ジョシュ・クリーグマン 出演:アンソニー・ウィーナー
アメリカの変態仮面
他者を激しく攻撃する政治家はカリスマを感じさせ、信者のような支持者を増やすことがある。だが、だからこそヘタを打つとかっこ悪さ100倍でたたかれまくる。
最近では、「国会にプラカードを掲げても何も生まれない」と、だれがどう見ても民進党のことを皮肉った安倍首相に抗議した蓮舫代表に対し、別に民進党なんて一言も言ってないよと首相みずからうまいこと切り返した事件が思い浮かぶ。
ここで終わっていれば良かったが、完全論破の陶酔感に浸ってしまった油断か、彼は直後に「訂正でんでん」などと痛恨の恥ずかしミスをしでかしてしまった。当然、翌日から全マスコミでこのみっともない失敗を報道されまくることになってしまった。教祖様のあまりにカッコ悪い姿に、信者たちも頭を抱えたことだろう。
まじめな文体の原稿を書きながらゲラゲラ笑っていたであろう各社の報道室を想像すると爆笑いや同情を禁じ得ないが、これと構造的に似た事件で失脚したのが元下院議員のアンソニー・ウィーナーである。
彼も、かつては舌鋒鋭い武闘派若手議員として熱烈なファンが多かった。だがあるとき、自分のツイッターアカウントに、誤っておにゃのこに送るはずだったエロエロ下半身写真を掲載してしまった。普段は格好いいことばかり言っているくせに、情けない性癖を世間にさらすことになり、彼の政治生命は終わった。
ハンドルネームが「カルロス・デンジャー」などというケッサクなものだった点も痛恨であった。選挙ニュースでも「本日のカルロス・デンジャーの支持率は〜」などとイジられる始末だが、それもやむなしのネーミングセンスである。もともとウィーナーという名前自体、男性器の隠語と発音が同じ。あまりにもでき過ぎであった。
「ウィーナー 懲りない男の選挙ウォーズ」は、そんな彼が2年後、NY市長選への挑戦という形で政界復帰を狙う、その選挙戦に密着したドキュメンタリーである。
その密着ぶりは半端ではなく、選挙戦略の会議の様子や奥さんとの生々しい会話、金主へ小切手をせびる電話の場面など、アメリカの選挙戦を知りたい人にはたまらない舞台裏となっている。なにしろ下半身をさらけ出した男である。隠すものなど何もない。
そんなわけで本作は、アメリカの選挙戦の詳細がわかるわけだが、それと同時にあちらのメディアの半端ない追及力、叩くとなったら完膚なきまでに、との嫌らしさも同時にわかる。なにしろ史上有数のイタい男が主人公である。そのサンドバッグっぷりが最前線で疑似体験できる。
たとえば2年ぶりの選挙戦だというのにメディアの質問ときたら開口一番「何人とエロ写真を交換しましたか?」「父親に抱きしめられたことがないのですか?」である。完全にバカにしているし、すっかり"過去に虐待されて性犯罪者になったキャラ"扱いなのだからひどい。
番組に呼ばれてのインタビューでも、例の下半身アップ写真を引き延ばして見せられながら「これは君のブリーフかい?」と面と向かって聞かれる。私も仕事柄、有名人にインタビューすることはよくあるが、こんなことを聞くほうも相当な肝っ玉である。私とてその気になれば相当突っ込める方なのだが、アメリカのメディアの破天荒ぶりにはかなわない。報道の正義のため、聞きたいことを堂々と聞く、その信念があるからこそだが、正直うらやましいとすら思う。これが自由の国のマスメディアか。
さて、わざわざこんなアメリカのスキャンダルの顛末映画がなぜ日本で公開になるかといえば、ウィーナーの失脚が間接的にトランプ大統領誕生の遠因となったからである。
ウィーナーの奥さんフーマさんはヒラリー・クリントンの側近として知られ、このウィーナー事件に関連する捜査の中で、ヒラリーを追い詰めた機密メール事件が発覚したといわれている。それがもし正しいとすれば、トランプ氏はこの変態仮面のせいで誕生した大統領ということになる。本当に冗談でできているような国、それがアメリカである。
ともあれ、ツイッター誤爆はその後日本でも多発し、安倍首相のそれも別人が書いていたことがバレるなどの痛々しい事件もあった。誤爆したアイドルの多くは「アカウントをハッキングされた」などとウィーナーと同じ無理のある言い訳に終始した。カルロス・デンジャーはまさに変態界のパイオニア、変態番付の誇る外人力士、である。
これを見ると本当にアメリカはバカだなと笑ってしまうが、しかし考えてみれば日本人は彼らを笑えない。なにしろ日本では、パンツ泥棒の常習犯が大臣をやっている。どう考えてもウィーナーの方がマシに見えてくる。笑って笑って最後に複雑な思いになる、美しい国ニッポンである。
なお最後に、エンドロールの最後までみることを助言しておく。