「セル」75点(100点満点中)
監督:トッド・ウィリアムズ 出演:ジョン・キューザック サミュエル・L・ジャクソン
久々のキング節
モダンホラーの大御所スティーヴン・キングといえば、かつては映画原作者として大人気だった。しかし近年ではテレビムービーがほとんどで、なかなか日本で劇場公開されることはない。リメイク版「キャリー」(2013)の前には「ザ・チャイルド:悪魔の起源」(2010)まで遡らねばならないわけで、20代の人は彼の原作映画をほとんど知らないのではないだろうか。
別居中の妻子に空港から電話をかけていたコミック作家のクレイ(ジョン・キューザック)。ところがバッテリ切れで肝心の通話が途中で切れてしまう。ところが次の瞬間、携帯を使っている人々が次々と狂い、周囲を襲い始める。暴徒と化した群衆から命からがら逃げだした彼は、通話が切れたきりの妻子の家へと向かうのだが……。
原作は06年の小説で、結末に多くの不満が寄せられたキングは映画化にあたり、みずから脚本家として新エンディングを考案して挑んだ。そんなわけで既読者でも楽しめるようになっている。
映画はいきなりサビから始まるロックミュージックのごとき激しい展開で、退屈する暇は全くない。キング製ゾンビ映画などといわれるが、じっさいあっという間に文明は崩壊し、人々は暴徒というよりリビングデッドと化して仲間を増やしてゆく。
愛する妻子のもとへ、という目的があるから、こんなにもおっかない町をこの主人公は、なんの特殊能力もたいした武器もないくせにトコトコ歩いてゆく。とても真似できない豪胆ぶりというほかない。
途中でサミュエル・L・ジャクソン演じる"車掌"と、イザベル・ファーマン演じる同じアパートの隣人が旅のお供に加わるが、サミュエルの醸し出すB級感とでもいうべき怪しさが、味方でも信用しきれない緊張感を醸し出している。
都合よく逃げ込んだ家に強力火器が置いてあったりなど、どう考えてももう少し説明したほうがよさそうなテキトー展開があったりするが、サミュエルがそういうならまあいいか式の力技が許されるのがこの俳優の強みである。ちなみにイザベル・ファーマンは「エスター」(2009)のタイトルロールが有名な、これまたアクの強い俳優だが、あのころまだ12歳だったので本作でもまだ19歳の若いヒロインだ。なんとも濃い面々である。
この映画はあくまで主人公視点で描かれるので、たとえばいま米軍がどこで何をしているのかとか、トランプが作った壁はちゃんとゾンビを防いでいるのかといった、世界観の奥行についての観客の興味について、簡単に答えを見せてはくれない。つまり、主人公から見えない部分は、観客にも見ることができない。
これはいわば、暗闇を懐中電灯だけで歩くようなものである。この手の終末ホラーものでは、こうした情報制限が功を奏することが多いが本作もそう。俳優陣のアクの強さや、キングが結末を変えているとの先入観もあって、なかなか先が読みにくい。時折チープなCG処理が目立つところも、いい具合に90年代のキング作品を彷彿とさせて新鮮だ。
肝心の結末については一切書くことはしないが、いろいろ考えさせられるものがあり味わいは深い。
キングが携帯電話の普及によるディスコミュニケーションをテーマに書いたと評される原作。2017年という、彼が想定した以上に進化しているであろう世界で公開される本作は、しかし決して古びてはいない。単純に友達と楽しめるホラーぽい映画を求めているような層には、好意的に受け入れてもらえることだろう。