「ねぼけ」70点(100点満点中)
監督:壱岐紀仁 出演:友部康志 村上真希
弱者への温かい視線
英国や米国には、ルーザームービーと呼ぶべきジャンルがある。負け組映画とでもいおうか、要するに世の中からあぶれたダメ人間の生きざまや奮闘ぶりを、寄り添うような視点で描く人情ドラマである。たとえ表舞台で注目を浴びられなくとも、不器用ながら生きる人々の物語は大衆の胸を打つわけで、根強い人気がある。
映像ディレクターの壱岐紀仁監督による「ねぼけ」は、まさしくその日本版。売れない噺家が、自堕落な日々を自覚しつつも抜け出せずにあがく姿を、等身大のドラマとして描いている。
落語家の仙栄亭三語郎(友部康志)は、怠け癖と酒好きな性格のせいでまったく目が出ない。同棲中の真海(村上真希)はそんなろくでなしの彼を、信じて必死に支えている。だが三語郎には彼女のひたむきささえ今や重荷となっていて、停滞する自分の人生をぶち壊すかのように、弟弟子の若い恋人と浮気してしまう。
英米に負け犬映画があるならば、日本には落語の人情噺がある。本作では古典落語「替わり目」をモチーフに、情けない自分を見捨てない恋人の愛にはたして主人公が向き合える日がくるのか、観客は心配とともに見守ることになる。
ちなみに落語「替わり目」とは、泥酔して帰宅した亭主がエラそうに古女房にツマミを買い出しに行かせた後、実は本人の前では言えない感謝の思いを独白するお話。
もともとはこの先にも続きがあったのだが、あえてここでカットして終わらせることでより感動的なドラマにアレンジしたのが五代目古今亭志ん生。本作でも三語郎が「ある場所」でこの噺をするシーンがあり、大いなる感動のクライマックスとなっている。
インターネット時代になってより感じることだが、近年は弱さやダメさ、そういうものに厳しい空気がある。だが人間とは、誰もが本来そうしたダメさを持っているものではないのか。少なくとも落語の中では、そうした人間の弱さを認め、笑いにして肯定する文化がある。かつての日本にはそうした人生の知恵があり、皆で共有していたのである。
弱さ、ダメさ、そういうものを受け入れる愛の尊さをこの噺、そして映画は伝えてくれる。人生経験を積んだ大人ならば、こういう映画の良さをきっと味わえるだろう。