「奇蹟がくれた数式」60点(100点満点中)
監督:マシュー・ブラウン 出演:デヴ・パテル ジェレミー・アイアンズ

天才一人では世に出ることはできないという真理

ノーベル賞を取った大隅良典教授には、共同受賞も期待された研究パートナーがいたという。また、米国で活動していた彼を東大に呼び戻した安楽泰宏氏もまた、大隅教授の研究人生におけるある種のターニングポイントだったかもしれない。

1914年のイギリス、ケンブリッジ大学の数学者G・H・ハーディ(ジェレミー・アイアンズ)のもとに、インドから手紙が届く。それによると港湾事務局で働く元路上生活者のラマヌジャン(デヴ・パテル)が、画期的な研究成果を上げたという。それが自らの研究を否定するものだったにもかかわらず、才能を感じたハーディはラマヌジャンを大学に呼び寄せる。

大隅良典にしろ、数学界の巨人ラマヌジャンにせよ、天才はその才能を見出す誰かによってチャンスを与えられ、初めて世に出ることができる。また研究にしても一人でできることには限りがあり、優れた助力者によるブースト効果というものは無視できない。

とはいえ、そうした側面は華やかな主役の光にかき消され、なかなか世に知られることはない。映画「奇蹟がくれた数式」は、ラマヌジャンの半生を描くと同時に、彼を語る際には外せない重要人物G・H・ハーディ、ジョン・リトルウッドの功績についても光をあてる。

ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディはハーディー・ワインベルクの法則の功績で知られる数学者だが、同時に若きラマヌジャンの才能を見出したことでも有名である。しかもこの映画で描かれるように、第一次大戦前夜であるこのころは今よりはるかに不自由な時代。かつ英国にとってインドは植民地であるから、そこのホームレス然とした学位も持たない男を最高学府ケンブリッジに招くなど、正気のさたとは思われなかったのではなかろうか。

じっさい映画でも、頭の固い老人たちに、若き破天荒な天才とその庇護者たるベテラン研究者のタッグが立ち向かう構図が主たるドラマとして描かれている。

そしてハーディとラマヌジャンの関係は、宗教と家族がテーマとして介在することでよりドラマチックに描かれる。ハーディはその二つを持っていなかったがため、ラマヌジャンがなぜ焦っているのかなかなか理解できなかったりするし、二人が真の友情を確かめあう別れのセリフも、この二つの違いを念頭に置くとより深く感動できるようになっている。

ところで実際のラマヌジャンだが、実際には最上層カースト出身だし大学にも行っている。一般向けに、そうした部分はあまり目立たせないように脚色してあるのだろうが、そのおかげもあってか、本作は数学というよりさんすうレベルの教養しかなくても問題なく楽しめるし、退屈はしない。



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