「永い言い訳」70点(100点満点中)
監督:西川美和 出演:本木雅弘 竹原ピストル
中年男が見たらうならされるドラマ
西川美和監督自ら書いたベストセラー小説を映画化した「永い言い訳」をみると、本当にこの監督は男を描かせたら一流だとわかる。一方、女性キャラは冒頭、あっという間に退場する。いかに女に興味がないかも良くわかる。
人気小説家として活躍する衣笠幸夫(本木雅弘)は、美容師の妻・夏子(深津絵里)をバス事故で失う。だが二人の仲はもともと冷え切っており、事故当時、幸夫は浮気相手と情事のさなかであった。だが世間の注目は愛する妻を失った人気小説家、に注目しており、意に反して彼はよき夫を演じ続けなくてはならないのだった。そんな彼はあるとき同じ事故の遺族、陽一(竹原ピストル)に出会う。対照的に妻を愛していた彼の姿が心のどこかに引っかかった幸夫は、やがてその子供たちの面倒を見ることを申し出る。
よりにもよって、こんなにややこしい状況に陥った男の心理になぜ興味を持ったのか、私は西川美和監督に聞いてみたい。
これだけでも普通の女性離れした感性だが、彼女はこの男の本質を際立たせるため、対照的な大宮陽一というキャラクターを登場させる。
見るからにがさつな肉体労働者で、脳内筋肉とでもいうべき単細胞な男だが、心はまっすぐで子供達と死んだ奥さんを愛し続けている。そのまっすぐさにはこちらも劇中何度も心打たれるのだが、それにしてもマンガチックすぎるほどに類型的なキャラクターである。確信的にそうしているのだろうが、それにしてもこの人物に彼女は見事に命を吹き込み、魅力的な人物に描いている。
西川美和の映画は決して切れたギャグがあるわけでもないのに、随所に観客(男性)の琴線に触れる何かがちりばめられており、気づけば強い共感とともに物語に没頭させられている。そして、常に画面に適度な緊張感が漂っている。こうしたテクニックを持つ監督は、現在ほかにあまり思い当たらない。
二人の男は外見からなにから対照的に描かれるが、とくにうまいのが住んでいる部屋だ。奥さんを失ってから幸夫の清潔で整った部屋は、男手だけで小さい子供達を育てる陽一の住む団地のように散らかってゆく。だが、たとえ雑然としていても幸夫の部屋が陽一のそれに近づくことは全くない。
これはつまり、荒廃と混沌は似て異なるということを言いたいのであり、それを両者の決定的な差として描くことで観客を愕然とさせている。そして両者がなぜ違うのか、その理由はただ一つ、愛する者と暮らしているかどうか、それだけだ。
ほかにいくつか感心したシーンをあげると、まずレストランで子供にトラブルが起きる場面。そして、突発的かつ激しい兄弟喧嘩に幸夫が狼狽する場面、さらには長男が降り損ねたバスを追いかけた後の二人の会話、などがある。
どれもよくぞこんなものを思いつくなと思うほど的確で、またそこで描かれる主人公の心情たるや、ぐうの音も出ないほどに説得力があるものばかり。やはり西川美和の中には40代のおっさんが入っている私の仮説は日増しに信ぴょう性を増すばかりである。
今回、多少マイナスだったと思うのは、特に後半、子供と主人公の会話などにおいて、少々言葉に頼りすぎているのではないかという点。先ほどの兄弟げんかの時に本木雅弘が見せた絶妙な表情とか、さりげなく絵で見せる部分は素晴らしいのだが、しゃべりの中ではあまりに上手いことを言いすぎて逆に刺さってこない、そんな部分がいくつか見受けられた。
ラストも、絵的にはいいがこれまでの西川作品がミリ単位のコントロールで完璧に決めてきたことを考えると、ほんのちょいと響かない感じ。
それでも幸夫が悪い酔い方する場面のハラハラ感は下手なスリラー以上だし、全体的には極めて満足度の高い人間ドラマと言える。
私の場合は西川作品に求めるハードルが極めて高いので常に辛めの点数になりがちだが、毎度ながら見ておいて損のない、よくできた日本映画である。また、これもいつもながらの話だが、やはり男性にこそ彼女の映画は見て欲しいと強く思う。西川美和監督の真骨頂は、こうした「女性による男性のための男性映画」なのである。