「ジェイソン・ボーン」60点(100点満点中)
監督:ポール・グリーングラス 出演:マット・デイモン ジュリア・スタイルズ

完成度は下がったが見られるのはうれしい

映画史上稀に見るテンションを保ったまま完結したボーンシリーズ三部作。しかしその後、世界観を同じくするスピンオフ的作品「ボーン・レガシー」(2012)は、三部作に比べればいまいちな反応であった。

やはりファンはマット・デイモンのボーンを待ち望んでいたわけだが、その希望がかない、このたびポール・グリーングラス監督による堂々の続編、新章が始まることとなった。

世間から隠れてひっそり暮らすジェイソン・ボーン(マット・デイモン)の前にかつての同僚ニッキー(ジュリア・スタイルズ)が重大な情報を持ってくる。彼女の情報には、ボーンの父親に関する事柄が含まれていたのだった。彼は、CIAから追われることになりながらも新たな戦いへと旅だつのだった。

政府寄りの映画を作ることが多いと一部で囁かれるこの監督だが、その他多くの今年のハリウッド映画と同じく本作も民主党が喜びそうな女性推しの内容である。

ただしヒロインとなるのは、序盤にボーンに重要な情報をもたらす旧知のCIA女職員ではなく、その後にボーンを追跡する側に回る現役の職員リー(アリシア・ヴィキャンデル)である。

このキャラクターは、追跡者の代名詞のようなトミー・リー・ジョーンズ(CIA長官ロバード・デューイ役)よりも徐々に存在感を強めて行く。上司の命令でボーンを追い詰めつつ、自らの昇進を売り込んでいくその抜け目なさたるや、独特のヒール的魅力に満ちている。

見た目は最高、冷酷で冷静、ミスはしない。そんな完璧超人を、ぴちぴちであどけないあの顔でやってのけるのだからたまらない。女子高生がターミネーターをやるくらい、魅力的なギャップである。それでもギリギリでボーン以上の扱いにはしないあたり、さすが作り手は許されるレベルを心得ている。脇役を立たせることは大事だが、ヒーローを差し置いてはいけないということだ。

さて、そんなナイスな新キャラクターが登場するわけだが、結論を言えば三部作とは悪い意味で次元の違う映画というほかない。中でも最大の問題は、リアリティの出し方、ハッタリのカマし方が下手ということである。

たとえばこのシリーズの主人公は、究極のもったいない精神を持ち合わせており、武器などはそのへんの落し物やらガラクタなど予想もつかないアイテムで十分だというタイプ。その意外性に観客は驚かされ、さすがボーン、しびれるゥ! となるわけだ。

しかしそれは、あくまでボーンの拾い物、利用物が「あんなもので良く戦えるよな」とのリスペクトを感じさせるようなものだからだ。

なのに本作ときたら、ボーンが偶然手にするのはほとんどチートアイテムような高性能なもので、しかも使い方までなぜか最初から熟知している様子。

つまりこの映画では都合のいいときに都合のいいところに都合のいいものが落ちていて、都合良く使い方を知っているボーンがそれを使って問題を解決する。

もはや、観客に笑えと言っているとしか思えないトンデモ度合いである。

解体予定のホテル前で繰り広げられるご自慢の本物撮影カーチェイスだって、あれで迫力を出したつもりかもしれないが、ああいう見せ場はボーンシリーズにもとめられるそれではない。素っ頓狂すぎる絵面を見て、はて、これはマイケルベイ監督だったっけ、と頭をひねる観客も少なくあるまい。

車道の逆走シーンも安全速度がバレバレで、どこか撮影の基本的なレベルの低さを感じさせる。前三部作のカーチェスはあんなに凄かったのにどうしてしまったのか。

おなじみの"もったいない格闘"にしたって、椅子の足を武器にして戦うとか、お前は街の雑魚チンピラかと思うような低レベルのアイデアのみでひねりが足りない。アクション映画として平均は超えているかもしれないが、前シリーズの水準には程遠い。

それでもボーンのキャラクターは魅力的だし、演じるマット・デイモンもいい感じだし、これから俳優業は1年お休みだそうで、ファンとしてはここで見ておくほかはない。

一応、大画面で見ればそこそこの迫力を楽しめるし、旬の女優アリシアも光っている。切り捨てるには惜しいものも持ち合わせているのである。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.