「火 Hee」65点(100点満点中)
監督:桃井かおり 出演:桃井かおり 藤谷文子
桃井かおりの独壇場
もともと俳優とは監督であれ観客であれ、他人の望むものを提供する仕事である。多少の裁量は許されても、好き勝手なことをすることは許されない。そんな中、プロ意識の高い桃井かおりが、監督としてはこれほど自由奔放な、前衛的な作品を打ち出してくることについて、私は非常に興味深いと感じている。
ある娼婦(桃井かおり)が、けだるそうに自分語りを続けている。場所はアメリカのクリニック。話を聞いている精神科医は、無表情で反応すらしない。だがそんなことを気にするそぶりもなく、彼女は生い立ちを語り続ける。かつて自分の火遊びのせいで両親が焼け死んだこと、いや、そもそも遊びではなかったのかもしれない。あやふやな彼女の言葉はあちこち飛び移り、やがておぞましき人生が明らかになってゆく。
桃井かおり監督2作目となる本作は、ほとんど彼女の一人芝居といってもいい、独白シーンがほとんどを占める奇妙なドラマ。会話だけで綴られた中村文則の短編小説「火」の映画化ということもあってか、きわめて独創的な作風となっている。クリニックの場面はロサンゼルスの桃井の自宅を用いて10日間で撮影されたそうだが、心なしかリラックスした雰囲気が感じられる。
独白は事実上2部構成となっていて、それに加えて精神科医とその家族の物語が挿入される。だがこれらは時間軸がずれていたり断ち切られたりと、意図的にあやふやなつながりとして描かれる。いったいどれが現実でどれが妄想なのか、すぐにはわからないようにできている。
ともすれば退屈になりそうな実験的作品だが、桃井の役作りが強烈なので見入ってしまう。ただ、これは両刃の剣で、この彼女の演技があまりにエキセントリックかつ上手いため、肝心の話のオチとの落差がつけられず、衝撃もそれなりにとどまっている。
本来こういう脚本を生かすためには、ファーストシーンから完全にイってしまっている感を出すべきではない。チラチラと覗く狂気が、時間とともに表に出てくるような描き方が王道なのだが、しかしそれではいかな桃井といえど、この短い上映時間でさえ一人で持たせるのは困難だろう。
かといってこの極端な役作りのまま、観客をほんろうしつつ衝撃のラストにつなげるには相当なストーリーテリングの技術と演出力が要る。今の桃井にそこまでの監督力があるかは微妙なのではないか。
やはり彼女は演技の人であり、これだけの芝居を一発撮りでやってのけた離れ業にこそ賞賛を送りたいところ。映画自体の完成度が少々下がったとしても、これを見られたのは幸運だと思うし、映画祭などで外国人が見て仰天したというのもよくわかる。