「シュガー・ブルース 家族で砂糖をやめたわけ」40点(100点満点中)
監督:アンドレア・クルコヴァ
これからの定番「糖質制限」
2015年の健康シーンでもっとも衝撃的だったのは、コレステロール神話の崩壊だろう。これまでコレステロールは食事療法で下げるのが常識とされ、医師もそう指導するのが当たり前だった。ところがアメリカで食事におけるコレステロール摂取量の上限が撤廃されたのに続き、日本動脈硬化学会が「食事内容で体内のコレステロール値は変化しない」と、常識を覆す発表をした。
ゆで卵から黄身だけ抜いたり、卵は一日一個までなどという「神話」を信じてきた人たちはきっと仰天したことだろう。それは文字通り神話であった。
こうした「神話の崩壊」は、コレステロールを下げる薬の特許が切れた(のでコレステロール悪玉プロパガンダを流す必要がなくなった)ことが裏事情としてあるわけだが、何十年も信じていた人にしてみればひどい話である。無駄なことをし続けて彼らが失った金と時間(下手をすると健康も)は戻ってこない。
ともあれ、コレステロールが動脈硬化など病気の原因でないならば、なぜその数値は突然上がったりするのか。
それは、コレステロール(悪玉などといわれてきたLDL)が、何かを「修復」するため必死に働いているからである。それはたとえば血管壁だったりするわけだが、ではなぜ血管は傷ついているのか? だれが傷つけているのか? これこそ人間の寿命の根幹にかかわるもっとも重要な疑問である。
動脈硬化などを引き起こす真の悪玉、大切な血管を内から傷つける魔物。それが「糖質」(血糖)であるというのが最近もっとも人気がある説である。近年、糖質制限ダイエットなるものが大流行したのは、別にライザップが特別なことを発明したからではない。
わかっている人は、こういうことを大昔からわかっていた。そういう人たちの意見がいよいよ表に出てきたから、とみるのが正しい。
さて、そんな健康トレンドの最先端、というより今後の定番となるであろう「糖質制限」について、とくに砂糖の害について描いたドキュメンタリーが「シュガー・ブルース 家族で砂糖をやめたわけ」である。同じテーマを扱った「あまくない砂糖の話」に続いての日本公開となる。
チェコ出身のアンドレア・クルコヴァ監督のセルフドキュメンタリー形式で撮られた本作は、障害児を含む子の母でもある彼女が妊娠糖尿病と診断され、本当に健康的な食品とはなんなのか考えたことが製作のきっかけとなっている。日本もそうだが、子供向け食品であろうが加工食品はそろって食品添加物まみれでひどいものだ。
だが、本当に危険なのは食品添加物の範疇にはない。砂糖や果糖ぶどう糖液糖をはじめとする糖質。これこそが諸悪の根源だとこの映画は言っている。
そこで彼女は砂糖業界の人々、行政にかかわる人々、あるいは医療関係者、研究家などさまざまな人たちに取材を続けていく。映画はその様子を、彼女の視点でみつめる一般向け作品となっている。
今でこそ砂糖、糖質の害というものが広く知られるようになったが、彼女が取材を始めた5年前はまだそうでもなかった。じっくり取材をしている間に、世間が先に行ってしまった印象を受ける。もう少し早く、本作は発表したかったところだろう。
バースデーケーキは冥界への切符? なんてユニークな視点から始まる本作は、序盤はなかなか面白いと思わせる。
だが情報量の割にナレーションによる進行に頼りすぎているのと、監督自身のおかしな行動が原因となっていまいち共感しにくい。たとえばいくら砂糖が害で、それを業界が巨額の宣伝費で隠して商売をしているからといって、スーパーの売り場に反対シールを張りまわるというのは支持できないことだろう。これでは小売店に迷惑をかけているだけである。
そもそも、映画で一般人を啓蒙しようという発想がいけない。なぜいけないかというと、その先には映画的なカタルシスがないから出る。映画に無知を指摘され、かつ説教されて気持ちよくなる人などいない。
こうした告発系映画がやるべきことは、まず衝撃の事実を知らせること。そして観客の代わりとなって、観客たちが一人ではできないことをやってのけることである。
30日間食べ続け実験も、アポなし突撃も、その鉄則を守っているから痛快で、人々の支持を集めているのである。
これが面白いドキュメンタリーを作るコツなのであり、観客の共感先である一般人への攻撃をするなど論外である。
食品会社が材料隠しをしているとか、アフリカにおかしな加工食品を送り付けているNGOとか、せっかくいいネタを提供しているのだ。ならば観客は、この映画がそれを止めるために何かぶちかます姿を見たいのである。
日本にはマッスル北村がいたおかげで、十何年も前から糖質制限の理屈と重要性を理解し実践している人は私を含めて多数いるだろう。近年のダイエットブームでそうした人も劇的に増えた。コレステロール神話のウソを見抜いていた人もまたしかり。思想と方向性には同意するものの、こういう国ではこの手の啓蒙作品はいまさら感が漂うわけで、本作も出来栄えを考慮するとよほどの初心者にしかすすめにくい。